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判例検討(5)「新規事項の追加に当たるか否かの判断基準を示す裁判例」

  • 2015/05/13
  • 判例検討

平成25年(行ケ)第10206号審決取消請求事件(平成26年2月26日判決)(※PDF ダウンロード)

 

「回転角検出装置事件」

~新規事項の追加に当たるか否かの判断基準を示す裁判例~

 

平成27年 4月24日 

担当 弁理士 仲石晴樹

 

発明の名称 「回転角検出装置」
事件番号 平成25年(行ケ)第10206号審決取消請求事件(平成26年2月26日判決)
結論

審決取消(「訂正不適当」との判断)

担当部

知財高裁第2部 (裁判長裁判官 清水 節)

関連条文

特許法第134条の2第9項、126条第5項(訂正新規事項)

原告

株式会社ミクニ(無効審判請求人)

被告

株式会社デンソー(特許権者)

出願経過

① 出願(特願2000-24724)

② 特許査定

③ 登録

④ 無効審判請求(無効2012-800140)

⑤ 訂正請求

⑥ 維持審決

平成12年 1月28日

 

平成15年 5月 2日

平成15年 6月13日

平成24年 8月31日

 

 

平成24年11月30日

平成25年 6月17日

本件発明

【請求項1】

本体ハウジング側に設けられて被検出物の回転に応じて回転する磁石と、前記本体ハウジングの開口部を覆う樹脂製のカバー側に固定された磁気検出素子とを備え、前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において、

前記磁気検出素子は、その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されていることを特徴とする回転角検出装置。

(※請求項2以下は省略)

訂正発明

【請求項1】(訂正後)

本体ハウジングと、

この本体ハウジング側に設けられて被検出物の回転に応じて回転する磁石と、

前記本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製で縦長形状のカバーと、

このカバー側に固定された磁気検出素子とを備え、

前記磁石と前記磁気検出素子との間にはエアギャップが形成され、

前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において、

前記磁気検出素子は、その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されていることを特徴とする回転角検出装置。

(※請求項2以下は省略)

事案の概要

本件は、無効審判における特許維持審決(請求不成立)を取り消した判決である。

無効審判においては、被告(特許権者)が訂正請求をし、特許庁は「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

訴訟での主な争点は、

①訂正に関しての新規事項の追加の有無(取消事由1)

②新規性・進歩性の有無(取消事由2)

③明細書の記載不備の有無(取消事由3)

の3つのうち、①訂正に関しての新規事項の追加の有無(取消事由1)である。

判決では、訂正によって訂正発明の『前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー』とすることは新たな技術的事項の導入に当たるから、「取消事由1」について理由がある、と判示されている。なお、裁判所の判断は「取消事由1」のみにとどまり、「取消事由2」、「取消事由3」については判断されていない。

取消事由

・原告の主張する取消事由は以下の3つである。

(取消事由1)訂正の適否についての認定判断の誤り

(取消事由2)新規性・進歩性判断の誤り

(取消事由3)記載要件適否の判断の誤り

審決概要

審決は、本件訂正を認めた上で、無効事由1(新規性欠如)、無効事由2(進歩性欠如)、無効事由3(記載要件〔実施可能要件、サポート要件〕)について、いずれも理由なしとした。

(1) 本件訂正の適否について

本件訂正は、「熱膨張率」に関し、請求項1において、「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」との事項を追加するものであるところ、本件訂正後の訂正明細書等の記載全体を総合して検討すると、熱膨張率に関して、カバーの熱膨張率が、本体ハウジングの熱膨張率より大きい場合のみが記載されており、小さい場合は記載されているとはいえないから、訂正後の「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」との事項は、実質的には、「前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製のカバー」との事項にほかならない。

そして、本件訂正前の本件明細書等には、カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率より大きい場合が記載されていたのであるから、本件訂正により、「熱膨張率」に関して、請求項1に実質的に追加されることになる上記「前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製のカバー」との事項は、本件訂正前の本件明細書等に記載されていたものである。

したがって、本件訂正は、「熱膨張率」に関し、本件訂正前の本件明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。

 

※筆者注:「(2) 無効理由1、2(新規性・進歩性)について」、「(3) 無効理由3(明細書の記載要件)について」は、裁判所の判断が示されていないため、ここでは記載を省略する。ちなみに、本件の争点である「熱膨張率」については、無効理由1~3の中では論点となっていない。

本件発明の概要

(「第5 当裁判所の判断」より)

本件発明は、磁気検出素子と磁石を用いて被検出物の回転角を検出する回転角検出装置に関するものである(段落【0001】)。従来、自動車の電子スロットルシステムでは、磁石とホールICからなる回転角検出装置により、スロットルバルブの回転角(スロットル開度)を検出していたが(段落【0002】、【0003】)、これによると、ホールICを固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは、これを取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく、また、このカバーは、スロットルボディーの下側部に配置されたモータや減速機構を一括して覆うように縦長の形状に形成されているため、その長手方向の熱変形量が大きく(段落【0004】)、しかも、ホールICの磁気検出方向(磁気検出ギャップ部と直交する方向)とカバーの長手方向が平行になっていたため、カバーの熱変形によって、磁気検出ギャップ部のギャップやステータコアと磁石とのギャップが変化して、磁気検出ギャップ部を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっていることから、カバーの熱変形によってホールICの出力が変動しやすく、回転角の検出精度が低下するという欠点があった(段落【0005】)。

そのような欠点に鑑みて、本件発明1は、カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ、回転角の検出精度を向上することができる回転角検出装置を提供すること目的として(段落【0006】)、熱変形しやすい樹脂製のカバー側に磁気検出素子を固定する場合に、該磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するように配置したものである(段落【0007】)。

 

※下図参照

図1

図2

 

当事者の主張・裁判所の判断 原告の主張 被告の主張 裁判所の判断

(取消事由1)

本件訂正による「本体ハウジングとは熱膨張率が異なる」との発明特定事項には、「本体ハウジングの熱膨張率の方が大きい場合」と「本体ハウジングの熱膨張率の方が小さい場合」の2通りの場合を含むことになる。

本件訂正は、減縮を目的として、カバーの構成をより具体的に特定したものと認められる。そして、上記訂正後の記載を見れば、「熱膨張率が異なる」とは、本体ハウジングに対してカバーの「熱膨張率が大きい」場合と「熱膨張率が小さい」場合が含まれることになることは、文言上明らかである。

そこで、本体ハウジングに対して、「熱膨張率が大きい」カバーと「熱膨張率が小さい」カバーの双方が、本件明細書等に記載した範囲のものといえるか否かについて検討する(下記〔ⅰ〕~〔ⅳ〕)。

〔ⅰ〕本件明細書等には、樹脂製のカバーが金属製のスロットルボディー(本体ハウジング)に比べて「熱膨張率が大きい」ことは明確に記載されている(段落【0004】、【0026】)。一方、樹脂製のカバーが(金属製の)スロットルボディーに比べて「熱膨張率が小さい」ことは明示的に記載されておらず、これを示唆する記載もない。

〔ⅱ〕本件発明は、カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えて、回転角の検出精度を向上することを目的としている。すなわち、本件発明は、樹脂製のカバーが金属製のスロットルボディー(本体ハウジング)に比べて熱膨張率が大きいことを前提とする課題を解決しようとするものであって、樹脂製のカバーがスロットルボディー(本体ハウジング)に比べて熱膨張率が小さいことは想定していない。

〔ⅲ〕本件明細書等に記載されたスロットルバルブの回転角検出装置は、エンジンルームからスロットルバルブに到達する熱により、本体ハウジングに相当の熱量が加わることを前提としていることはその構造上自明であるから、そのような熱量の加わる本体ハウジングにカバーよりも熱膨張率の大きい材質を用いることは技術的に想定し難い。

〔ⅳ〕段落【0039】に「スロットルバルブの回転角検出装置以外の回転角検出装置に適用しても良い。」との記載があるところ、その実施例や具体的な構成が示されているものでなく、これは、回転角の被検出物がスロットルバルブに限定されないものである旨を記載したものにすぎない。本件発明の課題及びその解決原理に照らせば、樹脂製のカバーの側が縦長形状で長手方向に膨張することを前提としているのであって、本体ハウジングの側の熱膨張率が、樹脂製のカバーよりも大きいという例は、スロットルバルブの回転角検出装置以外の装置においても、想定されていないというべきである。

本件訂正は、「前記本体ハウジングの開口部を覆う樹脂製のカバー」について、熱膨張率に関する限定がなされていなかったものを、「前記本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」に減縮訂正したものである。そうすると、訂正前の特許請求の範囲には、「熱膨張率」の限定がなかったのであるから、「カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率よりも小さい」が含まれるとすれば、それは訂正によって新たに含まれることになったのではなく、訂正前から含まれていた事項であるといえる。

本件訂正が減縮を目的とするものであることはそのとおりであるとしても、新規事項の追加に当たるか否かは、本件明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものといえるか否かによって決せられる、次元の異なる問題であって、上記主張は採用できない。

審決は、訂正発明1について「上記『前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー』との事項は、実質的には『前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製のカバー』との事項にほかならない」として、発明の詳細な記載を参酌して要旨認定し、「『熱膨張率』に関し、本件訂正前の本件明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである」と判断した。

しかし、「熱膨張率が異なる」の記載からは、「カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率と同じではなく、大きい場合と小さい場合の両方が含まれる」という技術的意義を一義的に明確に理解できるものであり、他の解釈を差し挟む余地はないにもかかわらず、このような認定をすることは、最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第2小法廷判決・民集45巻3号123頁(リパーゼ事件最高裁判決)にも反するものであって、誤りである。

「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」との文言からすれば、通常、カバーが本体ハウジングより、熱膨張率が大きい場合と小さい場合の両方を含むと明確に理解することができ(現に、本訴において、特許権者である被告は、その両方を含む旨を主張している。)、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しなければ特定できないような事情はないのに、「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」の意義を「前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製のカバー」に限定的に解釈することは相当ではない。

したがって、上記のように訂正発明1の技術的内容を限定的に理解した上で、新規事項の追加に当たらないとした審決の認定は誤りであるといわざるを得ない。

そして、審決も認めているとおり、本件明細書等の発明の詳細な説明には、カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率よりも大きい場合のみが記載されており、小さい場合は記載されておらず、さらに、カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率よりも小さい場合を示唆する記載もない。

審決は、「『前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー』との記載は、熱膨張率に関して『本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製のカバー』ということを意味する記載であるといえる。」と判断しているが、樹脂製カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率より大きい例は、熱変形が生じる典型的な事例であって、本件の実施例もこの典型的な事例を記載しているにすぎない。熱変形に伴う不具合を抑えるという訂正発明の課題に鑑みれば、訂正発明の技術思想は、必ずしもこの一実施例に限定されなければならないものではなく、熱変形による位置ずれの抑制に関しては、樹脂製カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率より小さい例も、殊更に除外すべき技術的必然性はない。

本件明細書の段落【0001】、【発明の属する技術分野】においては、自動車の電子スロットルシステムにおけるスロットルバルブの回転軸の回転角検出装置である旨の記載はないが、これ以外の具体的な装置に関する記載や示唆もない。そして、本件発明は、スロットルバルブの回転角検出装置以外に用いられるとしても、本体ハウジングが樹脂製カバーよりも熱膨張率が大きい場合は想定されていないと解され、本体ハウジングに比べて樹脂製カバーの熱膨張率が大きい例が、単なる典型例であって、熱膨張率が本体ハウジングより小さい例も含むものであると解することはできない(なお、被告の主張を前提とすると、本件訂正は、スロットルバルブ以外の具体的な被検出物を明らかにすることもないままに、本体ハウジングと樹脂製のカバーの熱膨張率が同一という特定の場合のみを除外するために、特許請求の範囲の「減縮」が行われたことになり、不自然な訂正というほかない。)。

本件訂正により、本件明細書等の記載になかった、「カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率よりも小さい場合」という技術的事項を含むことになり、これは明らかに新規事項の追加に当たる。

訂正前の特許請求の範囲に「カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率より小さい」場合を内在していたといえるから、カバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率より小さい場合、大きい場合のいずれも本件明細書等に含まれていたといえ、本件訂正は、新規事項の追加に当たるものではない。

樹脂製のカバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率よりも小さいことは、出願の当初から想定されていたものということはできず、本件訂正により導かれる技術的事項が本件明細書等の記載を総合することにより導かれる技術的事項であると認めることはできない。

以上のとおり、本件訂正によって、訂正発明1の「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」とすることは、新たな技術的事項を導入するものであり、本件明細書等に記載された技術範囲を逸脱するものである。

したがって、本件訂正は、特許法134条の2第9項で準用する特許法126条5項に規定する要件を満たさず、不適法である。

(取消事由2)は省略

(取消事由3)本件の争点である「熱膨張率」に関連する箇所のみ簡潔に記載する。

(3) サポート要件違反

イ 訂正後の請求項1の「(カバーは)本体ハウジングとは熱膨張率が異なる」は、「カバーの熱膨張率が本体ハウジングよりも大きい場合と小さい場合の両方を含む」ものであるが、発明の詳細な説明には、「カバーの熱膨張率が本体ハウジングよりも小さい」場合については記載されておらず、示唆もない。したがって、仮に訂正が認められたとしても、この観点からも、特許法36条6項1号の要件に違反する無効理由がある。

考察

1.事案整理

本件では、

「樹脂製のカバー」(訂正前)

前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」(訂正後)

とした本件訂正の適否が争われた。

 

本件訂正では、発明特定事項の一部である「樹脂製のカバー」について、その「熱膨張率」が「本体ハウジングの熱膨張率」と「異なる」との限定が加えられている。つまり、本件訂正後のクレームでは、本体ハウジングに対してカバーの

①「熱膨張率が大きい」場合

②「熱膨張率が小さい」場合

の両方を含むことになる。

一方で、明細書等には上記①「熱膨張率が大きい」場合しか記載されていない。

 

ここで、審査基準においては、新規事項の基本的な考え方として以下のように規定されている(第Ⅲ部 第Ⅰ節)。

「3.基本的な考え方

『当初明細書等に記載した事項』の範囲を超える内容を含む補正(新規事項を含む補正)は、許されない。『当初明細書等に記載した事項』とは、技術的思想の高度の創作である発明について、特許権による独占を得る前提として、第三者に対して開示されるものであるから、ここでいう『事項』とは明細書等によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ、『当初明細書等に記載した事項』とは、当業者によって、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項である。したがって、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、『当初明細書等に記載した事項』の範囲内においてするものということができる。(参考:知財高判平20.5.30(平成18年(行ケ)第10563号審決取消請求事件)『ソルダーレジスト』大合議判決)」

 

そのため、本件では、本件訂正が上記②「熱膨張率が小さい」という新たな技術的事項の導入にあたるか否かが、争点となっている。

 

審決では、本件明細書等には上記①「熱膨張率が大きい」場合のみが記載されているから、本件訂正後のクレームは、実質的には上記①「熱膨張率が大きい」にほかならない、と判断されている。

つまり、審決では、明細書の発明の詳細な説明の記載が参酌された結果、本件訂正後のクレームは、実質的には上記①「熱膨張率が大きい」にほかならないと判断され、本件訂正は実質的には上位概念化に該当しないと判断されたものと考えられる。

 

2.裁判所の判断基準

本件訂正後のクレームが上記①「熱膨張率が大きい」、上記②「熱膨張率が小さい」の両方を含むことは文言上明らかとした上で、〔ⅰ〕本件明細書等には上記①「熱膨張率が大きい」場合のみが明記されており、〔ⅱ〕課題(目的)からも本件発明は上記②「熱膨張率が小さい」を想定しておらず、〔ⅲ〕上記②「熱膨張率が小さい」を採用することは技術的に想定し難く、〔ⅳ〕スロットルバルブの回転角検出装置以外の装置においても上記②「熱膨張率が小さい」は想定されていない、と判断している。そのため、上記②「熱膨張率が小さい」は、出願当初から想定されていたものということはできず、本件訂正により導かれる技術的事項が本件明細書等の記載を総合することにより導かれる技術的事項であると認めることはできない、と判断されている(上記A、B)。

要するに、本判決では、追加された技術的事項が出願当初から現に想定されていたか否かが、新たな技術的事項の導入にあたるか否かの判断基準とされているように解釈できる。

 

3.リパーゼ判決との関連性

本判決は、いわゆる“リパーゼ判決”(最高裁平成3.3.8判決〔昭和62(行ツ)第3号 審決取消請求事件〕)が新規事項の判断に適用されているものと解される。

すなわち、本件では、そもそも審決で、明細書の発明の詳細な説明の記載が参酌された結果、本件訂正後のクレームは、実質的には上記①「熱膨張率が大きい」にほかならない、と判断されている。この点について、原告は、リパーゼ判決を持ち出し、本件訂正後のクレームについて、技術的意義を一義的に明確に理解できるものであり、他の解釈を差し挟む余地はないにもかかわらず、このような認定(審決)をすることは、リパーゼ判決にも反するものであって、誤りである、と主張している(上記D)。

判決も同様に、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しなければ特定できないような事情はないのに、「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」の意義を「前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製のカバー」に限定的に解釈することは相当ではない、というように、リパーゼ判決に沿った判断がされている(上記D)。

 

(感想)

特許異議申立て制度の復活により、今後、訂正の機会も増加する傾向にあると予想され、訂正の適否が問題になった本件は、実務上の参考になると思料する。

本判決によれば、新規事項の判断において、追加された技術的事項が出願当初から現に想定されていたか否かが、新たな技術的事項の導入にあたるか否かの判断基準とされているように解釈できる。先願主義の観点からも、出願当初に全く想定していなかったものにまで、補正や訂正により権利範囲が拡張されることが認められないのは当然である。そのため、やはり出願当初から様々な形態を想定して明細書を作成すること、または国内優先権制度の活用により随時補充を図ることが、実務上重要と考える。

また、一般的に“リパーゼ判決”は新規性・進歩性の判断の場面で適用されるものであるから、訂正に対する新規事項の議論で“リパーゼ判決”が適用されることは、興味深いものがある。ただし、訂正の遡及効を考慮すれば、時系列的には、新規性・進歩性の判断時点である出願時の議論になるので、“リパーゼ判決”の適用は妥当と考えられる。

参考

最高裁平成3.3.8判決〔昭和62(行ツ)第3号 審決取消請求事件〕(リパーゼ判決) 判決文抜粋

 

特許法二九条一項及び二項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては、この発明を同条一項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。このことは、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨定めている特許法三六条五項二号の規定(本件特許出願については、昭和五〇年法律第四六号による改正前の特許法三六条五項の規定)からみて明らかである。