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判例検討(8)「作用効果を奏する構成要素が登録意匠の類否判断に影響を与えることを示す裁判例・図面に不記載の部分が存在しても明細書の文言を根拠に意匠への変更出願を認めた裁判例」

  • 2015/10/01
  • 判例検討

平成23年(ワ)第9576号意匠権侵害差止請求事件(平成24年5月24日判決)(※PDF ダウンロード)

 

 

 

「角度調整金具事件」

~作用効果を奏する構成要素が登録意匠の類否判断に影響を与えることを示す裁判例~

~図面に不記載の部分が存在しても明細書の文言を根拠に意匠への変更出願を認めた裁判例~

 

平成27年9月3日 

担当 弁理士 木村 豊

 

事件番号

平成23年(ワ)第9576号意匠権侵害差止請求事件(平成24年5月24日判決)

結論

一部認容(意匠権侵害)

担当部

大阪地方裁判所第26民事部

(裁判長裁判官 山田 陽三、裁判官 西田 昌吾、裁判官 達野 ゆき)

関連条文

意匠法第23条、同24条、同13条、特許法第44条

原告

向陽技研株式会社(専用実施権者)

被告

株式会社ヒカリ

本件意匠

本件意匠1(意匠第1379531号)

意匠に係る物品「角度調整金具用浮動くさび」

【使用状態参考図】

 使用状態参考図

【正面図】

正面図

【右側面図】

右側面図

本件意匠1の構成

ア 基本的構成態様

(ア) 正面視において,縦長であり,上方にいくにしたがって左右幅がわずかに減少する形状である。

(イ) 右側面には,複数個のギア歯が列設され,歯面がゆるやかな凹状として形成されている。

(ウ) 左側面には,滑らかで,ゆるやかな凸弯曲の当接面が形成されている。

(エ) 左右の各側面視における輪郭は,縦横比の差が小さな長方形である。

(オ) 平面視及び底面視における輪郭は,縦長の長方形である。

イ 具体的構成態様

(ア) 頂部から歯面の上端まで下方に傾斜する,平滑な上傾斜面が形成されている。

(イ) ギア歯の数は6個である。

(ウ) 正面視において,歯面の下端から幅方向の略半分まで左下方へ傾斜する,平滑な下傾斜面が形成されており,当該下傾斜面の下端は,下方に凸の略半円形状に形成された膨出部に繋がる。

 

出願経過

出願経過

被告意匠

①イ号意匠

製品の名称

「角度調整金具用くさび」

【正面図】

被告正面図

【右側面図】

被告右側面図

争点

①イ号意匠は本件意匠1に類似するか

②ロ-1号意匠は本件意匠2に類似するか

③ロ-2号意匠は本件意匠2に類似するか

④ロ-3号意匠は本件意匠2に類似するか

⑤本件意匠登録1,2について、意匠登録への変更前の特許出願に分割要件違反があるか

⑥本件意匠登録1について、特許出願から意匠登録出願への変更は適法であるか

⑦本件意匠登録2について、特許出願から意匠登録出願への変更は適法であるか

 

※本稿において取り上げるのは争点①⑥のみ

 

 

 

イ号意匠は本件意匠1に類似するか

 

当事者の主張・裁判所の判断

原告の主張

被告の主張

登録意匠の要部の主張について

(ア) 本件意匠1は,立体的形状であるから,一方向からの形状にとらわれず,全体的形状を的確に把握する必要がある。

(イ) 本件意匠1のうち,看者がまず注目するのは,凸湾曲の滑らかな曲面を有する左側面の形状と,ぎざぎざのギア歯を有する右側面の形状である。本件意匠1は,このような対照的な二面性を有する特異かつ斬新な形状であり,この二面性から奏される美感が従来の意匠にない特徴である。

 また,本件意匠1の左側面と右側面は,平行に並ぶのではなく,上方に向かって左右幅が減少する略「ハ」の字様に背中合わせとなっており,これも本件意匠1の特徴である。

 なお,左右の各側面視における輪郭が,縦横比の差が小さな長方形である点は,本件意匠1の骨格をなすものであり,本件意匠1全体の美感に与える影響は小さくない。

(ウ) したがって,本件意匠1の要部は,以下の通りである。

 

① 正面視において,縦長であり,上方にいくにしたがって左右幅がわずかに減少する形状である。

② 右側面には,複数個のギア歯が列設され,歯面が凹状として形成されている。

③ 左側面には,滑らかな凸弯曲の当接面が形成されている。

④ 左右の各側面視における輪郭は,縦横比の差が小さな長方形である。

 

(ア) 原告主張の要部について本件実施品1は「浮動くさび」であるが,「くさび」の先端が細く,他端が太くなっていることは,公知の意匠である。

(イ) 本件実施品1は極小の物品であり,全体観察がなされるものであるところ,全体的な形状における特徴的部分は,『「底部形状」の底部が耳朶状円形となっていること』及び『左側面形状の左側面が曲率一定の単一円弧面となっていること』である。そして,『「底部形状」の底部が耳朶状円形となっていること』の形状が『頂部が略三角形状であること』と対極をなしていることが,際立って看者の目を引く部分であり,要部である。

(ウ)したがって,本件意匠1の要部は,以下の通りである。

 

①頂部が略三角形状であり,底部が耳朶状の半円形であること,

②右側面には複数のギア歯が凹状として形成されていること,

③左側面には単一円弧面からなる緩やかな湾曲面があること

 

 

 

裁判所の判断(注:下線は筆者が付記)

 登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものである(意匠法24条2項)。

 したがって,その判断にあたっては,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様,さらには公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌して,需要者の注意を惹き付ける部分について要部として把握した上で,両意匠が要部において構成態様を共通にするか否かを中心に観察し,全体として美感を共通にするか否かを判断すべきである。

 

(ア) 本件実施品1の性質,用途及び使用態様

 甲1の1及び2の1によれば,角度調整金具用浮動くさび(本件実施品1)は,角度調整金具を構成する部材であること,角度調整金具は,一方の部材と他方の部材との角度を任意に設定することができる関節部材であり,座椅子の背部の傾斜角度を調整するために背部と座部との間等に用いられる部品であること,その使用態様としては,別紙本件意匠目録1の【使用状態を示す参考図1】ないし【使用状態を示す参考図3】のような使用態様で用いられることが認められる。

 特に,特開2009-254868号公報(甲9)によれば,従来の角度調整金具は,爪片のギアへの噛合によりアームの揺動を抑止する構成のものであったこと,角度調整金具に作用する力は,人間の体重を支える非常に大きなものであるため,従来の金具では,爪片,ギアの歯が大きくなることから,ギアの歯数を少なくせざるをえず,角度切替えの段数が少なく,微調整もできないという課題があったこと,本件実施品1及び2を用いた角度調整金具では,浮動くさび部材(本件実施品1)の外方側の当接面と弾発部材とが当接することによる当接力,浮動くさび部材の歯部とギアとの噛合及び浮動くさび部材とギアとの間の圧迫力により揺動を抑止するため,ギア部の歯が小さくとも,大きな荷重を受け持つことができ,ギア歯の数を増やすことができるという効果を奏することが認められる。

 これらのことからすると,本件実施品1及び2を用いた角度調整金具を使用する需要者ないし取引者は,上記作用効果を奏することに関するギア部分(本件意匠1の基本的構成態様())と当接面(同())の各構成に注意を惹かれると認めることができる。

(イ) 公知意匠

 角度調整金具については,ギア板の歯に爪を噛ませる構成(甲9,乙12ないし14及び18ないし26)及び浮動するローラを用い,ローラに対して壁面間隔を徐々に狭くし,ローラを固定させて回動を調整する構成(乙15及び16)が公知であったことが認められる。

 しかしながら,本件意匠1及び2を用いた角度調整金具のように,浮動くさびとギア板を用いたものがあったことを認めるに足りる証拠はない。

(ウ) 要部

 前記(ア),(イ)によると,本件意匠1の要部は,ギア歯が列設された右側面の形状と,当接面である左側面の形状,その全体の形状が扁平で,右側面と左側面との間隔が,上方にいくにしたがって減少する形状ということができる。

 なお,被告は,本件意匠1の底部が耳朶状円形であることも要部である旨主張するところ,「正面図」及び「背面図」のみを見れば,需要者の注意を惹き付ける部分であるようにも見える。

 しかしながら,前記(ア)からすると,当該部分は,角度調整金具の部品として本件実施品1の作用効果を奏する部分であるとは認めることができない上,立体的形状として本件意匠1をみたときにも,【使用状態を示す参考図3】のとおり意匠全体のうちわずかな部分を占めるにすぎないこと,使用状態では通常目立たない底面部の形状であることからしても,需要者の注意を惹き付ける部分であるとか,全体の美感を左右するものであるということは困難である。

 

(4) 類否

…以上のとおり,イ号意匠と本件意匠1は,本件意匠1の要部において構成態様を共通にするものであり,具体的構成態様における差違は,需要者の注意を惹き付ける点ではなく,両意匠の差異点は,両意匠の共通点を凌駕するものではないから,需要者に異なる印象を与えないということができる。

したがって,イ号意匠と本件意匠1は,全体として需要者の視覚を通じて起こさせる美感を共通にしているということができるから,類似するというべきである。

 

 

本件意匠登録1について,特許出願から意匠登録出願への変更は適法なものであるか

当事者の主張・裁判所の判断

原告の主張

被告の主張

(1) 本件意匠1の右側面の形状

乙1特許出願の明細書には,「この浮動くさび部材6は,図3(b)に示したような鉄鋼材からなる長尺状引抜き材43を,所定の長さに切断して,形成される。」と記載されており,図3(b)には引抜き材43が図示されており,切断の態様も示されている。引抜き材とは,引抜き加工(所定の穴形状を有するダイスに被加工材を通して引き抜くことにより,各種横断面形状を有する線,棒,管又は形材などを製造する加工法)によって製造されるため,その断面形状は常に一定である。

 これらの記載からすれば,「浮動くさび部材」の右側面の形状として,歯面が全幅にわたって均一に配設されていることは自明のことであり,記載されたものと同視することができる。

ア 本件意匠1の右側面の形状

 本件意匠1の歯面は,右側面の正面側端部から背面側端部にかけて均一に配設されているところ,乙1特許出願に係る明細書及び図面では,「浮動くさび部材」の右側面の形状が記載されていない。

 そして,「浮動くさび部材」の歯面は,機能上,ギア部と噛合する部分にのみ配設すれば足りるものであるから,ギア部と噛合しない部分は緩やかな曲面(歯面のない曲面)とすることもありうるものであることからすれば,乙1特許出願において,本件意匠1の右側面の形状は明らかにされていないというべきである。

 

 

 

 

 

裁判所の判断

乙1特許出願(特願2005-050055)に係る明細書及び図面によれば,以下の記載のあることが認められる。なお,以下の記載のうち「浮動くさび部材6」が本件意匠1に対応する部材である。

【0025】

「この浮動くさび部材6は,図3(b)に示したような鉄鋼材から成る長尺状引抜き材43 を,所定長さに切断して,形成される。」

【図3】

 図3

イ 機械工学事典(甲8)によれば,「引抜き加工」とは,一般に,「所定の穴形状を有するダイスに被加工材を通して引き抜くことにより,各種横断面形状を有する線,棒,管,形材などを製造する加工法」をいうことが認められる。

ウ 前記ア及びイによれば,前記アの特許出願に係る明細書及び図面において,本件意匠1に対応する「浮動くさび部材6」の右側面の形状として,歯面を右側面の正面側端部から背面側端部にかけて均一に配設したものが記載されているものと認めることができる。

 よって,この点に関する被告の主張には理由がない。

考察

1.類否判断について

(1)要部認定

 本件意匠1の意匠に係る物品は「角度調整金具用浮動くさび」であり、使用状態においては、脱落防止カバーの内部に収容され、外観にはあらわれない。そのため、本物品は、一般にいう「装飾性」が求められず、仮に、装飾を施しても需要喚起には結び付きにくいという性質を持っている。

 一見すると、このような装飾性が求められない物品については、意匠法による保護がなじまないように考えがちである。

 ここで、意匠法の保護対象は、「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるもの」であるところ、「美感」とは、美術品のように高尚な美を要求するものではなく、何らかの美感を起こすものであれば足りる、とされている。このため、装飾性の要求されない「角度調整金具用浮動くさび」であっても、意匠法上の美感を起こさせるものに該当し、保護対象になり得る。

 では、構造品の部品等について、意匠法による保護で足りるのか、という点については、やはり、意匠法による保護だけでは不十分な場合が多く、技術的な側面から特許により保護を図ることが適切な場合が多い。しかし、作用効果を奏するような形状を数値限定する場合だとか、進歩性の程度が小さい発明については、意匠法による保護で適切にカバーできる場合もある。本件の「角度調整金具用浮動くさび」については、正に、意匠法による保護が適切であったケースに当たるのではないだろうか。

 本判決は、類否判断にあたって、「意匠に係る物品の性質,用途,使用態様,さらには公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌して,需要者の注意を惹き付ける部分について要部として把握した上で,両意匠が要部において構成態様を共通にするか否かを中心に観察し,全体として美感を共通にするか否かを判断すべきである。」と一般論を述べており、近年主流となりつつある修正混同説の立場に立った判断がなされている。

 修正混同説では、公知意匠を参酌しつつ、需要者の立場に立ち、両意匠が混同する程似ているか否かを判断する。

 本件では、「角度調整金具用浮動くさび」を使用する者を、需要者ないし取引者とし、需要者ないし取引者は「作用効果を奏することに関するギア部分の各構成に注意を惹かれる」とした上で要部の認定がなされており、一般にいう「装飾性」が求められないような部品の美感の捉え方、要部の考え方を示したと言えよう。

 本判決における登録意匠の要部認定の具体的な手法は、変更出願前の特許出願の原出願における背景技術の記載に基づいて従来技術および技術課題を認定し、従来技術にはない作用効果を奏する部分を認定した上で、需要者はこの部分に注意を惹かれるとした。さらに、公知意匠を参酌し、本件意匠の要部を認定した。この考え方は、意見書において、作用効果を奏する部分を要部として主張する場合に大いに参考になる。

 ただし、商品の外観やパッケージ等に係る物品については、最終消費者が需要者に含まれるため、装飾性の高さが直接需要に結びつくケースが多い。この場合には、従来どおり、装飾性に重点を置いた判断がなされる可能性が高いであろうことに注意が必要である。

 

(2)被告の実施行為について

 被告は、イ号意匠についての登録意匠(意匠登録第1364780号)を有していた。被告の意匠権と、本件意匠権との先後願の関係は、次の図のとおりである。

先後願の関係

 原告の意匠出願と、被告の意匠出願とが双方権利化されると、被告の登録意匠は原告の登録意匠に対し非類似と判断され、登録が認められたことになる。このため、通常、被告は、原告の意匠権が存在していても、安心してイ号意匠を実施できる。

 ところが、本件のケースは、被告意匠が登録された後に、原告の特許出願からの分割出願、および意匠出願への変更出願がなされている。このケースにあっては、被告の意匠出願の審査において、特許出願の図面の細部までを審査対象としない限り、原告の特許出願に基づいて、被告の意匠出願が拒絶されることはない。実務上、意匠出願の審査において、特許公報も調査対象とされてはいるが、特許出願の図面の一部に記載された部品について網羅的に審査するのは、事実上不可能である。

 

 では、我々代理人が被告のような立場にある者から、新製品を開発した旨の相談を受けた場合、意匠権侵害の回避をアドバイスできた可能性はあるのだろうか。本件をケーススタディとして考察してみる。

 意匠出願をする時点で、製品の販売は決定していることが多いため、この時点で侵害調査を含めた相談を受けたとする。

 

 依頼者が、本物品に係る「角度調整金具用浮動くさび」と「角度調整金具用揺動アーム」とを組み立てた状態の金具を販売する業者である場合、組み立てた状態の金具について侵害調査を行うことになる。このため、組み立てた状態の金具について、意匠権および特許権の網羅的な侵害調査を行えば、原出願に係る特許権が発見できた可能性は高い。

 とは言え、侵害調査の段階では、特許出願(原出願)は存在していたものの、意匠への変更出願は未だなされていないから、「角度調整金具用浮動くさび」としての部品の実施に対する権利侵害の可能性については、よほど警戒していない限り気が付かない。

 

 次に、「角度調整金具用浮動くさび」の部品を扱う業者が、依頼者の場合はどうだろうか。

 まず、「角度調整金具用浮動くさび」という部品の調査だけでは、侵害調査としては不十分であるため、組み立て品まで範囲を広げて調査を行う。これは、侵害調査で広く一般に行われている手法であるから、現状の業務の範囲で該当特許権が発見できる可能性は高い。

 しかしながら、該当特許権が見つかったところで、「角度調整金具用浮動くさび」の製造・販売が侵害の可能性がある、との見解を出すことはできない可能性は高い。「角度調整金具用浮動くさび」に対応する特許権が無い上に、意匠権も存在していないからである。

 

 このように考えてみると、新製品(特に「角度調整金具用浮動くさび」)を開発したと相談を受けた時点で、依頼者に設計変更等のアドバイスをすることは、事実上、不可能であったようにも思えるが、侵害調査で発見された原出願に係る特許出願が、その当時、未だ特許庁に係属中であることから、商品として市場に出回ると、分割出願して「当て」られる可能性や、図面に記載された「角度調整金具用浮動くさび」について、意匠に変更出願して「当て」られる可能性があることは、実務上あり得る注意点としてアドバイスできたであろう。

 

 我々代理人としては、依頼者から相談を受けたときには、意匠権についてだけではなく、特許権についても網羅的な調査を要し、その上で、意匠出願への変更可能性や、特許出願の分割可能性を疑うような深い洞察や多くの経験が必要となってくる。そして、依頼者の意匠出願が登録になっても必ずしも安全という訳ではなく、本件のようなケースが起こり得ることは、心の何処かに留めておかなければならない。

 

 他方、原告の立場にある者から依頼を受けた場合には、原出願について分割出願をし、必要に応じて、新たな特許権や意匠権を成立させていくことで、新規参入する者を効果的に阻止できることも、戦略的な観点でアドバイスできる。長期に亘って生き長らえる特許出願と、早期権利化が可能な意匠出願とを組み合わせることで、効果的に、新規参入者を阻止できると考える。

 

2.特許出願から意匠出願への変更について

 本判決は、特許図面にはあらわれていない部分についても、明細書の記載を参酌すれば、意匠出願への変更ができることを認めた。この判断については、妥当な判断であると考える。明細書の記載および図面で一の意匠を十分に特定できているし、仮に、全体が図面に描かれた物品しか変更出願の対象とならないのであれば、実質的に変更出願を活用することはできないからである。

 

 本件のように図面には斜視図しかないものの、「長尺引抜き材43を、所定長さに切断して…」とか、「押出成形」といった明細書の記載を参酌できるケースでは、当然、意匠への変更出願は可能と考えるが、仮に明細書に当該記載が存在しない場合にはどうすればよいか。この場合には、部分意匠による出願を検討すればよい。

 但し、「角度調整金具用浮動くさび」について、登録を受けようとする部分を、端面だけの部分とした場合には、出願変更の際の同一性には問題が生じにくいものの、登録を受けようとする部分の類似範囲は狭くなる可能性が高いため、本件と同じように被告に対し意匠権侵害を追及できないこともあり得る。なお、変更出願前に被告製品を把握していれば、端面において膨出部を除いた部分について権利化を図れば、より確実に、被告製品を登録意匠の類似範囲に含ませることができる。

 

3.新製品の保護について

 今後、物品の形状が技術的な特徴ともいえる新製品を保護しようとする場合には、特許出願だけでなく意匠出願を組み合わせた戦略が必要となってくるケースが増えるのではないか。意匠出願のメリットの一つに、創作非容易性が認められる創作レベルの程度が低く、特許法では特許が認められないものについても、権利化が図れることが挙げられる。例えば、この部分を傾斜にしたとか、溝を付けたとか、技術的には当たり前とされることでも、意匠上の特徴として捉えれば、登録が認められるケースもある。

 特に、本件のように、技術的効果を奏する部分が要部と認定されるのであれば、技術的に新しい部分について、特許権での権利化を図れるほどの進歩性は認められないケースでも保護が図りやすくなる。

 

 新製品の保護を厚くするには、出願時の検討が必要にはなるが、上述のように、特許出願から分割して、さらに意匠出願に変更することを、特許出願時から意識しておくことが必要となる。さらに、これに加えて、特許出願と同時期の意匠出願で、形状的な特徴を押さえておく。そのとき、後の特許出願から意匠への変更出願を関連意匠出願とするために、特許出願において、バリエーションに係る形状を図面に盛り込んでおく。

 

 以上は一例であるが、我々代理人としては、工夫次第で、新製品に対する厚い保護を図ることができるため、新製品の重要度に応じて、特許法,意匠法,商標法,あるいは不競法など、法域を超えて法律を活用するという柔軟な発想が必要になると考える。

 

以上