お知らせ・コラムNEWS / COLUMN

お知らせ・コラム

判例検討

判例検討(1)「進歩性の判断基準(後知恵の排除&引用例中の示唆)を示す裁判例」

  • 2014/02/28
  • 判例検討
平成20年(行ケ)第10096号審決取消請求事件(平成21年1月28日判決)(※PDF ダウンロード)



「回路用接続部材事件」

~進歩性の判断基準(後知恵の排除&引用例中の示唆)を示す裁判例~

 

平成26年 2月25日

担当 弁理士 仲石晴樹

 

 

発明の名称

「回路用接続部材」

事件番号

平成20年(行ケ)第10096号審決取消請求事件(平成21年1月28日判決)

結論

審決取消(「進歩性あり」との判断)

担当部

知財高裁第3部 (裁判長裁判官 飯村敏明)

関連条文

特許法第29条第2項(進歩性)

原告

日立化成工業株式会社

被告

特許庁長官

出願経過

① 出願(特願平7-117033)

② 拒絶理由通知書

③ 意見書・補正書

④ 拒絶査定

⑤ 拒絶査定不服審判請求

⑥ 補正書

⑦ 拒絶審決

⑧ 審決取消

平成 7年 5月16日

平成16年 3月 2日

平成16年 4月27日

平成17年 5月27日

平成17年 7月 4日

平成17年 8月 3日

平成20年 1月29日

平成21年 1月28日

本願補正発明

【請求項1】

 下記(1)~(3)の成分を必須とする接着剤組成物と、含有量が接着剤組成物100

体積に対して、0.1~10体積%である導電性粒子よりなる、形状がフィルム状である

回路用接続部材。

(1)ビスフェノールF型フェノキシ樹脂

(2)ビスフェノール型エポキシ樹脂

(3)潜在性硬化剤

引用例の記載

(特開平6-256746)

・「【請求項1】下記成分を必須とする接着剤組成物

(1)カルボキシル基、ヒドロキシル基、及びエポキシ

基から選ばれる1種以上の官能基を有するアクリル樹脂

(2)分子量が10000以上のフェノキシ樹脂

(3)エポキシ樹脂

(4)潜在性硬化剤」

・「導電粒子は、0~30体積%の広範囲で用途により使い分ける。」(【0013】)

・「発明の接着剤組成物は一液型接着剤として、中でもフィルム状接着剤として特に有用である。」(【0014】)

 

※出願人=原告のため、本願明細書と同じような記載が多い。

審決の認定した引用発明の内容、

本願補正発明と引用発明との一致点・相違点

・引用発明の内容

「下記(1)~(4)の成分を必須とする接着剤組成物と,含有量が接着剤組成物100体積に対して,0~30体積%である導電粒子よりなる,形状がフィルム状である接着フィルム。

(1) アクリル樹脂

(2) フェノキシ樹脂

(3) ビスフェノール型エポキシ樹脂

(4) 潜在性硬化剤」

 

・一致点

「ビスフェノール型エポキシ樹脂と潜在性硬化剤の成分を必須とする接着剤組成物と,含有量が接着剤組成物100体積に対して,0.1~10体積%である導電性粒子よりなる,形状がフィルム状である回路用接続部材」

・相違点

「本願補正発明が,接着剤組成物の必須の成分として『ビスフェノールF型フェノキシ樹脂』を含むのに対し,引用例に記載の発明では,『アクリル樹脂』と『フェノキシ樹脂』を含んでいる点」

取消事由

・取消事由は2つ

(取消事由1)引用発明の認定の誤り及び相違点の看過

(取消事由2)相違点に係る容易想到性判断の誤り

当事者の主張・裁判所の判断

原告の主張

被告の主張

裁判所の判断

(取消事由1)

 引用例記載のアクリル樹脂は単なる「アクリル樹脂」ではなく、特定の官能基を有する「特定アクリル樹脂」であるから、引用発明が「アクリル樹脂」を用いる点を実質的な相違点でない、とした判断に誤りがある。

 引用発明の認定に当たっては、引用例の特許請求の範囲に限らず、発明の詳細な説明欄の記載を含めることは当然許される。引用例には、官能基を有しない「アクリル樹脂」を用いた比較例1、アクリル樹脂を用いない比較例2、フェノキシ樹脂を用いない比較例3の記載がある。

 また、本願補正発明は3成分以外の成分を排除したものではないので、「アクリル樹脂」を含んでいても実質的な相違点でない。

相違点の看過についての誤りがあるか否かは問わない(容易想到性の判断に誤りがある)。

(取消事由2)

 審決は、引用例の【0022】の記載「PKHA(フェノキシ樹脂、分子量25000、ヒドロキシル基6%、ユニオンカーバイド株式会社製商品名)」を根拠に、引用発明のフェノキシ樹脂としてビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることは容易と判断している。しかし、「PKHA」はビスフェノール型フェノキシ樹脂であって、ビスフェノール型フェノキシ樹脂でないので、上記判断は誤りである。

 引用例には、フェノキシ樹脂の一例として「PKHA」が示されているに過ぎず、ビスフェノール型フェノキシ樹脂を排除する記載はない。

甲5の1、甲5の2から、「PKHA」はビスフェノール型フェノキシ樹脂であるから、ビスフェノール型フェノキシ樹脂を用いることの示唆になり得ない。

 相溶性や接着性に着目しても、ビスフェノール型フェノキシ樹脂を用いる動機付けはない。

 引用例には、フェノキシ樹脂はエポキシ樹脂と構造が似ているから相溶性や接着性が良いことが記載された上で、エポキシ樹脂として「ビスフェノールエポキシ樹脂」を用いることが記載されている。

 したがって、引用例には「ビスフェノールエポキシ樹脂」に合わせて、同型のフェノキシ樹脂である「ビスフェノールフェノキシ樹脂」を用いることの動機付けがある。

 本願補正発明がビスフェノール型フェノキシ樹脂を採用したのは、接続信頼性及び補修性を向上させる課題を解決するため。

 一方、引用例には、格別、相溶性や接着性に問題があるとの記載はない。しかも、回路用接続部材にあっては、耐熱性、絶縁性、剛性、粘度等の諸々の検討すべき要素があるので、相溶性及び接着性のみに着目してビスフェノール型フェノキシ樹脂を用いることの示唆があるとは認められない。

 むしろ、ビスフェノール型フェノキシ樹脂はビスフェノール型フェノキシ樹脂に比べ耐熱性が低いことは周知であるから、良好な耐熱性が求められる回路用接続部材に用いるフェノキシ樹脂として、引用例のビスフェノール型に代え、あえてビスフェノール型を用いる動機付けはない。

 フェノキシ樹脂とエポキシ樹脂とを型同士としてさらに相溶性を良くする試みが困難とはいえない。

 また、相溶性、接着性の向上という動機付けがある上、回路用接続部材の接着剤組成物としてビスフェノール型フェノキシ樹脂が十分な耐熱性を有することは周知であるから、原告の主張は失当。

 良好な耐熱性が求められる回路用接続部材に用いるフェノキシ樹脂として、格別の問題点が指摘されていないビスフェノール型フェノキシ樹脂(PKHA)に代えて、耐熱性が劣るビスフェノール型フェノキシ樹脂を用いることは、当業者にとって容易でない。

 本願補正発明の作用効果「補修性」が引用例に比べて格別優れたものでない、との判断も誤り。すなわち、本願明細書と引用例とでは、補修性の測定条件、測定方法に共通性がないにもかかわらず、審決はこれを単純に比較し、格別優れたものでないと判断しているので誤り。

 仮に、対比が可能であったとしても、「補修性」の効果は本願補正発明の方が優れている。

 評価実験は、実用時の諸条件を模して行われるのが通常であるところ、両者の測定条件、測定方法の相違は、実用時の設定条件の相違から生ずるものであり、これらの相違は両者の比較において不合理というほどのものではない。

 本願補正発明は、ビスフェノール型フェノキシ樹脂を用いることで、ビスフェノール型フェノキシ樹脂を用いることに比べて、接続信頼性及び補修性を向上させている。

 また、ビスフェノール型フェノキシ樹脂が既に知られていても、それが回路用接続部材の接続信頼性や補修性を向上させることまで知られていた証拠もない。

(著者注:引用例にも「補修性」についての記述はあるが、引用例の「補修性」はアクリル樹脂の作用である【0025】【0026】)

(一般論としての裁判所の説示)

「出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから,容易想到性の有無を客観的に判断するためには,当該発明の特徴点を的確に把握すること,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。そして,容易想到性の判断の過程においては,事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが,そのためには,当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって,その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となる。」

「さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。」(P.24)

 

※下線は著者記入

考察

 進歩性の判断基準は、実務上非常に重要であるにも関わらず、審査基準には進歩性の判断基準として抽象的な記載(第Ⅱ部 第2章)しかなく、しかも、下記のように進歩性が否定されるケースばかりが列挙され、進歩性の肯定に役立つ事実は「効果」くらいのものである。

「2.4 進歩性判断の基本的な考え方

(1) 進歩性の判断は、本願発明の属する技術分野における出願時の技術水準を的確に把握した上で、当業者であればどのようにするかを常に考慮して、引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけができるか否かにより行う。

(2) 具体的には、請求項に係る発明及び引用発明(一又は複数)を認定した後、論理づけに最も適した一の引用発明を選び、請求項に係る発明と引用発明を対比して、請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明を特定するための事項との一致点・相違点を明らかにした上で、この引用発明や他の引用発明(周知・慣用技術も含む)の内容及び技術常識から、請求項に係る発明に対して進歩性の存在を否定し得る論理の構築を試みる。論理づけは、種々の観点、広範な観点から行うことが可能である。例えば、請求項に係る発明が、引用発明からの最適材料の選択あるいは設計変更や単なる寄せ集めに該当するかどうか検討したり、あるいは、引用発明の内容に動機づけとなり得るものがあるかどうかを検討する。また、引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。

 その結果、論理づけができた場合は請求項に係る発明の進歩性は否定され、論理づけができない場合は進歩性は否定されない。」

 

 そのような中、本判決は進歩性判断の基準を示すものとして注目された。

 本判決のうち、「容易想到性の判断の過程においては,事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが,そのためには,当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって,その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意する」との説示部分は、事後分析的な判断(いわゆる後知恵)を排除する考えを示すと思われる。

 また、「先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要である」との説示部分は、引用例に示唆等が必要であるとの考えを示すと思われる。

 本件においては、本願補正発明は「接続信頼性及び補修性を向上させる」ことを課題とし、その解決手段の要素として「ビスフェノール型フェノキシ樹脂」を採用している。そのため、耐熱性、絶縁性、剛性、粘度等の諸々の検討要素がある中で「相溶性及び接着性」のみに着目して「ビスフェノール型フェノキシ樹脂」を用いることは容易とした被告(特許庁)の主張は、課題の把握の段階から「ビスフェノール型フェノキシ樹脂」という解決手段の要素を入り込ませたものであり、正に後知恵に該当する。

 また、「ビスフェノール型フェノキシ樹脂」を用いた引用例に、相溶性及び接着性に不満があるとの記載はなく、あえて耐熱性の劣る「ビスフェノール型フェノキシ樹脂」を用いることの示唆等は存在しないと考えられる。

 要するに、審決においては、本願補正発明と引用発明との相違点を埋めるため、フェノキシ樹脂として「ビスフェノール型フェノキシ樹脂」を用いることが容易想到である、という結論ありきで審理された結果、引用例には「ビスフェノール型フェノキシ樹脂」を用いることの示唆等が存在しないにも関わらず、数ある課題の中から「相溶性及び接着性」の向上のみに着目し、あたかも引用例に「ビスフェノール型フェノキシ樹脂」を用いることが示唆されているかのようなこじつけが為されている。

 本判決は、このような判断手順により進歩性を否定することを問題視し、警鐘を鳴らしたものと思われる。

 

 本判決を一般化すると、引用例に示唆等が存在しないにも関わらず、発明という結果物ありきで発明の課題を把握し、容易想到性を認定する、という判断手順で進歩性を否定することは許されない、ということになろうかと考える。

 とはいえ、進歩性の有無は個々の事案ごとに夫々の事情に鑑みて判断されるので、すべてのケースにおいて本判決が直ちに進歩性の判断基準となるものではない、という点に留意すべきである。

 たとえば、本件にあっても、本願補正発明の課題が相溶性や接着性の向上であったならば、結論は違っていたかもしれない。また、本願明細書中に「ビスフェノール型フェノキシ樹脂」と「ビスフェノール型フェノキシ樹脂」の比較(表1)が明示されていなければ、結論は違っていたかもしれない。はたまた、本件にあっては、本願と引用例とで出願人が同一であることも本願が引用例の改良発明であるという印象を与え、結論に何らかの影響を与えたのかもしれない。

 

 さらに、本判決は、引用例の適用に当たり、本願(補正)発明の本来の課題(「接続信頼性及び補修性」)とは別の課題(「相溶性及び接着性」)を設定することそのものを否定するものではない、という点にも留意すべきである。

 すなわち、本願発明とは別の課題を設定すること自体は、審査基準の以下の記載(第Ⅱ部 第2章2.5(2)②)からも許容されている。

「引用発明が、請求項に係る発明と共通する課題を意識したものといえない場合は、その課題が自明な課題であるか、容易に着想しうる課題であるかどうかについて、さらに技術水準に基づく検討を要する。」

「なお、別の課題を有する引用発明に基づいた場合であっても、別の思考過程により、当業者が請求項に係る発明の発明特定事項に至ることが容易であったことが論理づけられたときは、課題の相違にかかわらず、請求項に係る発明の進歩性を否定することができる。試行錯誤の結果の発見に基づく発明など、課題が把握できない場合も同様とする。」

 ただし、審査基準は、あくまで本願発明とは別の課題を設定することを許容しているに過ぎず、その課題の設定を含む「動機付け」という思考過程が合理的であることは前提であるように解釈できる。

 本件にあっては、「相溶性及び接着性」との課題の設定からして、後からとってつけた、いわばこじつけのような不合理な思考によるものと考えられ、結局のところ、裁判所はこのような不合理な思考による「動機付け」を問題視したのではないかと思料する。

 

(感想)

 特許の出願~権利化、さらに権利化後の審判、訴訟等において、進歩性の判断基準は非常に重要なファクターであることは間違いない。にもかかわらず、審査基準に十分な判断基準が示されていない現状に鑑みれば、本件のような裁判例の蓄積・考察により、審査基準からでは計り知れない進歩性の判断基準の見極めを試みることは実務上不可欠である。

参考

ビスフェノールA、ビスフェノールFの違い


image_bisphenol01