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判例検討(7)「応用美術(幼児用椅子)に著作物性が認められた事件」

  • 2015/09/02
  • 判例検討

平成26年(ネ)第10063号著作権侵害行為差止等請求控訴事件(平成27年4月14日判決)(※PDF ダウンロード)

 

「TRIPP TRAPP 事件」

~応用美術(幼児用椅子)に著作物性が認められた事件~

 

平成 27年 7月 31日 

 

製品

幼児用椅子

事件番号

平成26年(ネ)第10063号著作権侵害行為差止等請求控訴事件(平成27年4月14日判決)

(原審・東京地方裁判所平成25年(ワ)第8040号)

担当部

知的財産高等裁判所第2部

(裁判長裁判官 清水節、裁判官 新谷貴昭、裁判官 鈴木わかな)

結論

・控訴人らの控訴をいずれも棄却する。

・控訴費用は控訴人らの負担とする。

・この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

関連条文

著作権法2条1項1号及び2項、10条1項4号、不競法2条1項1号及び2号、民法709条

控訴人

・ピーター・オプスヴィック・エイエス(ノルウェー王国)

・ストッケ・エイエス        (ノルウェー王国)

被控訴人

株式会社カトージ

控訴人製品

 

 1

(裁判所HP)

被控訴人製品1

(他にも5件あり)

 2

(裁判所HP)

争点

(1) 著作権又はその独占的利用権の侵害の有無

  ア 控訴人製品の著作物性の有無並びに著作権及び独占的利用権の存否

  イ 侵害の有無

(2) 不競法211号の不正競争行為該当性の有無

  ア 控訴人製品に係る「商品等表示」に該当する形態

  イ 控訴人製品に係る「商品等表示」の周知性の有無

  ウ 控訴人製品に係る「商品等表示」の形態と被控訴人製品の形態との類似性の有無

  エ 「混同を生じさせる行為」該当性の有無

(3) 不競法212号の不正競争行為該当性の有無

  ア 控訴人製品に係る「商品等表示」の著名性の有無

  イ 前記(2)ア及びウと同一

(4) 一般不法行為の成否

※本稿において取り上げるのは(1)のみ

当事者の主張

控訴人の主張

被控訴人の主張

(1) 著作権又はその独占的利用権の侵害の有無

控訴人製品の著作物性の有無

主張

 応用美術について,著作物性が認められるためには通常よりも高度の創作性を要すると考えることは相当ではなく,それ以外の美術の著作物と同程度の創作性,すなわち,表現者の個性が何らかの形で表れていることが認められれば著作物性が肯定されるものと解すべきである。

 

理由

・著作権法上,応用美術につき,著作物として保護されるためには「美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性」を要する旨定めた規定は,存在しない。

 

・著作権法は,書籍やCDなど大量生産される物についても,著作物として保護されるために特別の要件を課すことはしておらず,学説及び裁判例においても,そのような要件が必要とは考えられていない。

 また,例えば,茶の湯に用いられる茶わんなどの茶器は,実用品であるが,美術の著作物として著作権法によって保護されることは明らかである。

 これらの点に鑑みると,応用美術が,量産される実用品に用いる目的で作成されることは,著作物として保護されるために特別の要件を課す根拠とはならない。

 

・意匠法との関係についても,応用美術を著作物として著作権法の保護対象とすると,直ちに意匠法の存在意義や意匠登録のインセンティブが減殺されるとはいえず,・・・意匠権は,絶対的独占権であり,他人の意匠に依拠することなく独自に同一の意匠を創作しても意匠権侵害が成立するという点において,著作権よりも強い保護を与えるものといえるから,上記重複的保護により,意匠法の存在意義や意匠登録のインセンティブが減殺されるとは,必ずしもいえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本件へのあてはめ

① 控訴人製品は,後記の控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴を備え,見る者に脚立を連想させるものであり,そのデザインには,デザイナーである控訴人オプスヴィック社代表者の個性が表れている。

 しかも,控訴人製品は,その優れたデザイン性につき,種々の賞を受けるなど高く評価されており,その創作性の程度は高いものということができる。

 

② 後記の控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴は,一般的な幼児用椅子の機能とは関係のないところから表れており,実用的機能とは結び付いていない。

主張

 応用美術の著作物性が肯定されるためには,著作権法による保護と意匠法による保護との適切な調和を図る見地から,実用的な機能を離れて見た場合に,それが美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えていることを要する

 

 

理由

・著作権法及び意匠法の重複適用は相当ではなく,両者のすみ分けについての体系的な判断は,不可避である。

 すなわち,上記重複適用を認めると,存続期間を短く定めた意匠法の趣旨が没却されることになる。また,意匠権は経済財であるところ,上記重複適用を認めれば,事実上,意匠権に人格権を認めたのに近い状況が生じ,それは,経済財としての流通,利用にとって好ましくない。

 現行著作権法の立法過程においても,応用美術の保護の在り方につき,意匠権とのすみ分けの必要性を強く意識して検討されたという経緯がある。

 また,応用美術とされる商品に著作権法を適用することについては,それによって,関連産業の発展の阻害や改良商品の開発等に対する不当な制約が生じ,ひいては国民生活の利便性の向上にも悪影響を及ぼすなど,当該商品の分野の生産的側面及び利用的側面において弊害を招く可能性等を考慮して,判断すべきである。

 以上に鑑みると,純粋美術が,何らの制約を受けることなく美を表現するために創作されるのに対して,応用美術は,実用目的又は産業上の利用目的という制約の下で創作されることから,その制作,流通の実情を考慮して意匠法的に保護するというのが,創作法の基本的な考え方といえる。

 すなわち,①著作権は,創作のみによって発生し,公示制度は存在しないこと,②著作権には,長期の保護期間が認められていること,③著作者人格権等の支分権が存在することなどから,応用美術に著作権法上の保護を付与すれば,当該応用美術の利用,流通が妨げられる。この点に鑑みると,応用美術については,そのような利用,流通に係る支障を甘受してもなお,著作権法を適用する必要性が高いものに限り,著作物性を認めるべきである。

 

・控訴人らの主張によれば,美的創作性に重点が置かれていない工業製品一般に広く著作権を認めることになり,結果として,美的創作性に乏しい作品につき,著作権や著作者人格権が不必要に長期間にわたり存続すること,大量生産により社会に流通することから,著作権の氾濫という事態を招来する。

 

本件へのあてはめ

 控訴人製品は,量産を前提とした実用品であり,そのデザインも,人間工学又は機能性に基づく形態を有しており(甲5,甲7等),実用面及び機能面を離れて,それ自体,完結した美術品として,専ら美的鑑賞の対象とされるものではない。

侵害の有無

 被控訴人製品は,全体的な印象において控訴人製品と共通しており,控訴人製品に依拠し,かつ,その表現形式上の本質的な特徴を直接感得できるものといえる。

 したがって,被控訴人製品の製造,販売は,控訴人オプスヴィック社の著作権,すなわち,複製権(著作権法21条)又は翻案権(同法27条)並びに譲渡権(同法26条の2)及び二次的著作物の譲渡権(同法28条,26条の2)を侵害するとともに,控訴人ストッケ社の独占的利用権も侵害している。

a 被控訴人製品の製造等が,控訴人製品に係る著作権を侵害するか否かは,被控訴人製品が,控訴人製品の内容及び形式を覚知させるものか否か,又は,控訴人製品の本質的な特徴を直接感得させるものであるか否かによって決められる。

 前述したとおり,控訴人製品が,実用目的又は産業上の利用目的という制約を受けつつ創作されたものであり,加えて,後記の控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴を有する箇所は,椅子の必須の基本的構成である脚部の形状に関するものであるから,創作性が認められる部分は,限定的に解するべきである。

 以上に鑑みると,後記の被控訴人主張に係る控訴人製品の形態的特徴をもって,控訴人製品の本質的な特徴と解するべきである。

 

b 被控訴人製品は,いずれも安定感,安心感を与えるデザインを備えており,控訴人製品に見られるような不安定感はない。また,被控訴人製品は,①その多くの部材が丸みを帯びた作りであること,②安全性,安定性及び機能性を最優先した結果,部材の数が多いことから,控訴人製品の有する,直線的でシンプルかつスタイリッシュなデザインを覚知できず,控訴人製品の主要な形態的特徴は,認められない。

当裁判所の判断

争点(1) 著作権又はその独占的利用権の侵害の有無について

(1)控訴人製品の著作物性の有無

‐実用品である控訴人製品が,「美術の著作物」として著作権法上保護され得るか‐

 

 この点に関しては,いわゆる応用美術と呼ばれる,実用に供され,あるいは産業上の利用を目的とする表現物(以下,この表現物を「応用美術」という。)が,「美術の著作物」に該当し得るかが問題となるところ,応用美術については,著作権法上,明文の規定が存在しない。

 しかしながら,著作権法が,「文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作者等の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与することを目的と」していること(同法1条)に鑑みると,表現物につき,実用に供されること又は産業上の利用を目的とすることをもって,直ちに著作物性を一律に否定することは,相当ではない。

 同法2条2項は,「美術の著作物」の例示規定にすぎず,例示に係る「美術工芸品」に該当しない応用美術であっても,同条1項1号所定の著作物性の要件を充たすものについては,「美術の著作物」として,同法上保護されるものと解すべきである。

 応用美術は,装身具等実用品自体であるもの,家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの,染色図案等実用品の模様として利用されることを目的とするものなど様々であり(甲90,甲91,甲93,甲94),表現態様も多様であるから,応用美術に一律に適用すべきものとして,高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず,個別具体的に,作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである。

 

 控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴は,①「左右一対の部材A」の2本脚であり,かつ,「部材Aの内側」に形成された「溝に沿って部材G(座面)及び部材F(足置き台)」の両方を「はめ込んで固定し」ている点,②「部材A」が,「部材B」前方の斜めに切断された端面でのみ結合されて直接床面に接している点及び両部材が約66度の鋭い角度を成している点において,作成者である控訴人オプスヴィック社代表者の個性が発揮されており,「創作的」な表現というべきである。

 したがって,控訴人製品は,前記の点において著作物性が認められ,「美術の著作物」に該当する。

 

被控訴人の主張について

 a 被控訴人は,応用美術の著作物性が肯定されるためには,著作権法による保護と意匠法による保護との適切な調和を図る見地から,実用的な機能を離れて見た場合に,それが美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えていることを要する旨主張する。

 (a) しかしながら,前述したとおり,応用美術には様々なものがあり, 表現態様も多様であるから,明文の規定なく,応用美術に一律に適用すべきものとして,「美的」という観点からの高い創作性の判断基準を設定することは,相当とはいえない。

 また,特に,実用品自体が応用美術である場合,当該表現物につき,実用的な機能に係る部分とそれ以外の部分とを分けることは,相当に困難を伴うことが多いものと解されるところ,上記両部分を区別できないものについては,常に著作物性を認めないと考えることは,実用品自体が応用美術であるものの大半について著作物性を否定することにつながる可能性があり,相当とはいえない。

 加えて,「美的」という概念は,多分に主観的な評価に係るものであり,何をもって「美」ととらえるかについては個人差も大きく,客観的観察をしてもなお一定の共通した認識を形成することが困難な場合が多いから,判断基準になじみにくいものといえる。

 (b) 被控訴人は,前記主張の根拠として,①著作権法及び意匠法の重複適用は相当ではないこと,②応用美術とされる商品に著作権法を適用することについては,それによって,当該商品の分野の生産的側面及び利用的側面において弊害を招く可能性を考慮して判断すべきであり,この点に鑑みると,純粋美術が,何らの制約を受けることなく美を表現するために制作されるのに対し,応用美術は, 実用目的又は産業上の利用目的という制約の下で制作されることから,著作権法上保護されることによって当該応用美術の利用,流通に係る支障が生じることを甘受してもなお,著作権法を適用する必要性が高いものに限り,著作物性を認めるべきである旨を述べる。

 

  ⅰ 確かに,応用美術に関しては,現行著作権法の制定過程においても,意匠法との関係が重要な論点になり,両法の重複適用による弊害のおそれが指摘されるなどし,特に,美術工芸品以外の応用美術を著作権法により保護することについては反対意見もあり,著作権法と意匠法との調整,すみ分けの必要性を前提とした議論が進められていたものと推認できる(甲90,甲91,甲93,甲94)。

 しかしながら,現行著作権法の成立に際し,衆議院及び参議院の各文教委員会附帯決議において,それぞれ「三 今後の新しい課題の検討にあたっては,時代の進展に伴う変化に即応して,(中略)応用美術の保護等についても積極的に検討を加えるべきである。」,「三 (中略)応用美術の保護問題,(中略)について,早急に検討を加え速やかに制度の改善を図ること。」と記載され(甲92),応用美術の保護の問題は,今後検討すべき課題の1つに掲げられていたことに鑑みると,上記成立当時,応用美術に関する著作権法及び意匠法の適用に関する問題も,以後の検討にゆだねられたものと推認できる。

 そして,著作権法と意匠法とは,趣旨,目的を異にするものであり(著作権法1条,意匠法1条),いずれか一方のみが排他的又は優先的に適用され,他方の適用を不可能又は劣後とするという関係は,明文上認められず,そのように解し得る合理的根拠も見出し難い。

 加えて,著作権が,その創作時に発生して,何らの手続等を要しないのに対し(著作権法51条1項),意匠権は,設定の登録により発生し(意匠法20条1項),権利の取得にはより困難を伴うものではあるが,反面,意匠権は,他人が当該意匠に依拠することなく独自に同一又は類似の意匠を実施した場合であっても,その権利侵害を追及し得るという点において,著作権よりも強い保護を与えられているとみることができる。これらの点に鑑みると,一定範囲の物品に限定して両法の重複適用を認めることによって,意匠法の存在意義や意匠登録のインセンティブが一律に失われるといった弊害が生じることも,考え難い。

 以上によれば,応用美術につき,意匠法によって保護され得ることを根拠として,著作物としての認定を格別厳格にすべき合理的理由は,見出し難いというべきである。

かえって,応用美術につき,著作物としての認定を格別厳格にすれば,他の表現物であれば個性の発揮という観点から著作物性を肯定し得るものにつき,著作権法によって保護されないという事態を招くおそれもあり得るものと考えられる。

  ⅱ また,応用美術は,実用に供され,あるいは産業上の利用を目的とするものであるから,当該実用目的又は産業上の利用目的にかなう一定の機能を実現する必要があるので,その表現については,同機能を発揮し得る範囲内のものでなければならない。応用美術の表現については,このような制約が課されることから,作成者の個性が発揮される選択の幅が限定され,したがって,応用美術は,通常,創作性を備えているものとして著作物性を認められる余地が,上記制約を課されない他の表現物に比して狭く,また,著作物性を認められても,その著作権保護の範囲は,比較的狭いものにとどまることが想定される。

  以上に鑑みると,応用美術につき,他の表現物と同様に,表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば,創作性があるものとして著作物性を認めても,一般社会における利用,流通に関し,実用目的又は産業上の利用目的の実現を妨げるほどの制約が生じる事態を招くことまでは,考え難い。

 (c) 以上によれば,被控訴人の前記主張は,採用できない。

 

b 被控訴人は,美的創作性に重点が置かれていない工業製品一般に広く著作権を認めることになれば,著作権の氾濫という事態を招来する,特に,控訴人製品は,椅子という実用品であり,しかも,控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴は,椅子に必須の基本的構成である脚部の形状に関するものであるから,このように創作の幅が制限されたものを一般的に著作物として保護すれば,同一又はわずかに異なる多くの椅子について著作権が乱立するなどの弊害が生じる旨主張する。

 しかしながら,著作物性が認められる応用美術は,まず「美術の著作物」であることが前提である上,

前記a(b)ⅱのとおり,その実用目的又は産業上の利用目的にかなう一定の機能を発揮し得る表現でなければならないという制約が課されることから,著作物性が認められる余地が,応用美術以外の表現物に比して狭く,また,著作物性が認められても,その著作権保護の範囲は,比較的狭いものにとどまるのが通常であって,被控訴人主張に係る乱立などの弊害が生じる現実的なおそれは,認め難いというべきである。

 以上によれば,被控訴人の前記主張は,採用できない。

 

(2) 侵害の有無

・前記のとおり,控訴人製品は,控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴につき,①「左右一対の部材A」の2本脚であり,かつ,②「部材Aの内側」に形成された「溝に沿って部材G(座面)及び部材F(足置き台)」の両方を「はめ込んで固定し」ている点に著作物性が認められるところ,被控訴人製品は,いずれも4本脚であるから,上記の点に関して,控訴人製品と相違することは明らかといえる。

 他方,被控訴人製品は,上記②の点に関しては,控訴人製品と共通している。また,被控訴人製品3,4及び6は,「部材A」と「部材B」との結合態様において,控訴人製品との類似性が認められる。

 しかしながら,脚部の本数に係る前記相違は,椅子の基本的構造に関わる大きな相違といえ,その余の点に係る共通点を凌駕するものというべきである。

 以上によれば,被控訴人製品は,控訴人製品の著作物性が認められる部分と類似しているとはいえない。

・証拠(甲71から甲78)によれば,相当数の需要者が,「TRIPP TRAPPと,カトージは形がほとんど一緒で」(甲73)など,控訴人製品と被控訴人製品とが類似しているという趣旨に理解し得る意見や感想を述べているが,これらは,いずれも控訴人製品において著作物性が認められる点に着目したものであるか否かは不明であり,前記結論を左右するものとはいえない。

・したがって,被控訴人による被控訴人製品の製造,販売は,控訴人オプスヴィック社の著作権及び控訴人ストッケ社の独占的利用権のいずれも,侵害するものとはいえない。

※下線部分は筆者

考 察

 本判決は、応用美術(幼児用椅子)について著作物性が認められた点で、注目すべき判決である。

 これまでにも、「博多人形」「仏壇彫刻」「妖怪フィギュア」などの応用美術について、著作物性が肯定された裁判例が存在するが、これらは、基本的に鑑賞を目的とするものであって、その実用的な用途・機能に即して使用することを主たる目的とするものではなく、実用性・機能性の観点からの制約を受けにくい(創作の自由度が大きい)と考えられるものである。

 本判決は、実用的な用途・機能に即して使用することを主たる目的とする家具のデザインについて、著作物性を認めた点で斬新である。

 本判決は、応用美術の著作物性を判断するにあたり、従来の基準(著作権法による保護と意匠法による保護との適切な調和を図る見地から,実用的な機能を離れてみた場合に、それが美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えているか否か)について、「応用美術に一律に適用すべきものとして,高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえ(ない)」と否定した上で、「個別具体的に,作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである」とする新たな基準を示した。

 

 本判決の判断基準によると、例えば「自動車」「家電製品」等の工業製品についても、表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば著作物性が肯定されるようにも思えるが、私見では、本判決の上記判断基準は、必ずしも工業製品一般に広く適用し得るものではないと考える。

 仮に、工業製品一般について著作物性が認められるとすれば、意匠法との重畳適用の問題のみならず、不競法2条1項3号との重畳適用の問題が生じる可能性がある。

 すなわち、不競法2条1項3号は、先行開発者の投下資本の回収を担保すべく、他人が先行開発者の商品の形態を模倣した商品(実質的に同一形態の商品)を譲渡等する行為を禁止する規定であるが、かかる模倣行為が著作権でも保護されるとすれば、不競法2条1項3号が、先行開発者の投下資本回収に必要な期間と先行開発者を過度に保護することによる後行開発者への委縮効果に配慮し、保護期間を商品販売後3年以内とした趣旨が没却され、実質的に保護期間が延長(少なくとも著作者の死後50年まで)されることとなる。

 

 さらに、例えば「自動車」「家電製品」を構成する部品にまで著作物性が肯定されるとすれば、著作権をめぐる侵害訴訟などの影響により、メーカー・部品メーカーの生産性が低下し、経済が停滞することになりかねない。

 かかる観点からも、本判決の基準が、工業製品一般に広く適用し得るものであるとは考え難い。

 

 とはいえ、本判決は、これまでの応用美術に関する著作物性の常識を覆した点で意義が大きく、また、本判決が家具メーカーなどに与える影響は決して小さくないと考える。

 例えば、近年、ジェネリック薬品ならぬ「ジェネリック家具」というものが一部の需要者の間で注目を集めている。これは、意匠権が消滅した有名デザイナーの家具(デザイナーズ家具)のレプリカ品を、第三者(ジェネリック家具メーカーなど)が販売するものである。

 これまで、家具などの応用美術については、専ら意匠権で保護すべきものとして、著作権の保護が及ばないと考えられてきたため、ジェネリック家具メーカーは、デザイナーズ家具の意匠権が消滅したことを確認した上で、当該意匠が公有の財産になったとして(但し、立体商標、不競法で保護されるものを除く)、そのレプリカ品を販売しているが、本判決の判断に照らせば、かかるジェネリック家具メーカーの販売行為は、レプリカ品であるがゆえに、デザイナーズ家具のデザイナー等の著作権侵害となる可能性が高いと考える。今後の業界の動向が注目される。

 

 但し、今後、「椅子」などの実用品について、広く著作物性が認められるようになったとしても、上記判決でも述べられているように、応用美術の著作権は一般的にその権利範囲が狭く、また、著作権の場合「依拠性」の立証が困難であるなど、著作権のみによって、そのデザインの万全な保護を図れるとは言い難い。

 したがって、今後も、創作した製品について意匠権を取得し得る場合は、その権利範囲が類似の範囲にまで及び、「依拠性」が不要であり、かつ比較的権利範囲が明確である意匠権によって保護するのが望ましいことに変わりはない。

 その他の意匠権取得のメリットとして、例えば以下のものが挙げられる。

 ・部分意匠を活用し、自らが要部と考える部分について意匠権を取得することにより、その要部以外の部分を変更した模倣行為を効果的に防ぐことができる。

 ・関連意匠を活用し、類似範囲を広げることにより、模倣品の市場参入に対する抑止力が働く。

 ・著作権、不競法の場合、製品の形態的特徴は、本判決からも明らかなように、侵害時の他社製品との関係で決まるため、その権利範囲が、後発の他社製品の存在による影響を受けやすいのに対し、意匠の要部は、出願時の公知意匠との関係で決まるため、意匠権を取得できれば、自らが特徴と考える部分を要部として維持しやすい(原則として、後発の他社製品の存在による影響を受けにくい)。

 その他、製品販売後3年以内であれば、上述の不競法2条1項3号によって保護を図ることも有効である。

 

 以上のことから、応用美術品について、著作権以外の権利(意匠権、商標権、不正競争防止法など)で保護しうる場合は、それらの権利で保護する方が適切である場合が少なくないので、各法律の法目的や要件を考慮した上で、どの法律で保護するのがベストかを常に検討し、戦略的な権利化及び権利保護を図ることが重要であると考える。

以上