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判例検討

判例検討(11)「請求項の文言の解釈に関する裁判例」

  • 2016/11/02
  • 判例検討

平成18年(ネ)第10007号 損害賠償請求権控訴事件(平成18年6月15日口頭弁論終結)(※PDF ダウンロード)

 

図形表示装置及び方法

請求項の文言の解釈に関する裁判例

 

平成28年10月25日 

担当 弁理士 北出 英敏

 

発明の名称

「図形表示装置及び方法」

事件番号

平成18年(ネ)第10007号 損害賠償請求権控訴事件

(平成18年6月15日口頭弁論終結)

控訴人

タクトロン株式会社

被控訴人

任天堂株式会社

担当部

知的財産高等裁判所第1部(裁判長裁判官 篠 原 勝 美)

請求

(1)原判決を取り消す。

(2)被控訴人は,控訴人に対し,40億円及びこれに対する平成15年10月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)訴訟費用は,第1審,第2審とも,被控訴人の負担とする。

(4)仮執行の宣言

主文

(1)本件控訴を棄却する。

(2)控訴費用は控訴人の負担とする。

関連条文

特許法第70条(特許発明の技術的範囲)

1 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。

2 前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。

3 前二項の場合においては、願書に添付した要約書の記載を考慮してはならない。

出願経過

①分割出願(特願9-46284号)


②補正書(自発補正)

③拒絶理由通知書

④意見書・補正書

⑤拒絶理由通知書

⑥意見書・補正書

⑦特許査定

⑧登録

平成9年2月28日 (出願日:昭和59年10月2日)

平成9年3月31日

平成10年4月16日

平成10年6月12日

平成10年9月7日

平成10年10月28日

平成10年12月7日

平成11年1月22日

原審

1.請求

 被告は、原告に対し、金40億円及びこれに対する平成15年10月23日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2.主文

(1)原告の請求を棄却する。

(2)訴訟費用は原告の負担とする。

3.本件特許発明

【請求項1】(本件特許発明1)

A-1 複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータを記憶するマップと,

A-2 垂直方向読出信号および水平方向読出信号が入力され,指定された回転量に対応した第1の読出信号および第2の読出信号を出力する座標回転処理手段と,

A-3 図形発生手段と,を備え,

 前記第1の読出信号を前記マップに供給して該マップより読出順序データを得,該読出順序データと前記第2の読出信号とを前記図形発生手段に供給して図形データを得,該図形データによって図形表示を行う図形表示装置であって,

 前記図形発生手段は,ピクセル単位で,前記区域毎の独立した表示内容の読出順序データを受けて該読出順序データに対応する図形データであって前記第2の読出信号によって特定されたピクセルデータを得,図形を回転表示する

 ことを特徴とする図形表示装置

 

【請求項2】(本件特許発明2)

A’-1 複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータを記憶するマップを設けるステップと,

A’-2 垂直方向読出信号および水平方向読出信号を受け取って,指定された回転量に対応した第1の読出信号および第2の読出信号を出力するステップと,

A’-3 前記第1の読出信号に基づいて前記マップから読出順序データを得るステップと,

A’-4 前記読出順序データと前記第2の読出信号とから図形データを得,該図形データによって図形表示を行うステップと,を備える図形表示方法であって,

B’ 図形表示を行う前記ステップが,ピクセル単位で,前記区域毎の独立した表示内容の読出順序データを受けて該読出順序データに対応する図形データであって前記第2の読出信号によって特定されたピクセルデータを得,図形を回転 表示するステップを含む

C’ ことを特徴とする図形表示方法

4.被告製品(裁判所は、以下のように被告製品を認定した(被告製品目録3))

(1)レジスタ値入力タイミング信号,X方向座標算出タイミング信号及び被告方向累積加算タイミング信号の3つのタイミング信号と角度を含むパラメータとに基づいてピクセル毎に単一の座標を生成し,出力する演算回路と,

(2)スクリーンデータの領域とキャラクタデータの領域とを含む画像メモリとを有し,

(3)当該単一の座標のうち上位ビットに基づいてピクセル毎に画像メモリのスクリーンデータの領域から単一のキャラクタコードを得,当該単一のキャラクタコードと当該単一の座標のうち下位各3ビットとに基づいてピクセル毎に画像メモリのキャラクタデータの領域から単一のピクセルデータを得て,該単一のピクセルデータをディスプレイ画面上に表示する,

 携帯型ゲーム機である。

5.理由の概要

(1)本件特許発明1

 被告製品は,「垂直方向読出信号および水平方向読出信号が入力され」との要件を満たさず,その余の点について判断するまでもなく,構成要件A-2を充足しない。

 被告製品は,マップに供給される2つの読出信号である「第1の読出信号」と,マップより供給される2つの隣接するデータである「読出順序データ」のいずれも備えていないと解され,したがって,被告製品は,「前記第1の読出信号を前記マップに供給して該マップより読出順序データを得」の要件を充たさず,その余の点について判断するまでもなく,構成要件Bを充足しない。

 同様に,被告製品は,マップより供給される2つの隣接するデータである「読出順序データ」を備えていないから,その余の点について判断するまでもなく,構成要件Cを充足しない。

(2)本件特許発明2

 構成要件A’-2と被告製品との対比については,前記3(2)(注:構成要件A-2と被告製品との対比)と同様の理由により,被告製品の動作は,構成要件A’-2に記載されたステップを充足しない。

 構成要件A’-3と被告製品との対比については,前記4(3)(注:構成要件Bと被告製品との対比)と同様の理由により,被告製品の動作は,構成要件A’-3に記載されたステップを充足しない。

(3)結論

 以上のとおり,被告製品は,本件特許発明1及び2のいずれの技術的範囲にも属しないから,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。

本件特許発明

同上

被控訴人製品

裁判所は、以下のように「被告方向累積加算タイミング信号」を「Y方向累積加算タイミング信号」に改めた。

(1)レジスタ値入力タイミング信号,X方向座標算出タイミング信号及び方向累積加算タイミング信号の3つのタイミング信号と角度を含むパラメータとに基づいてピクセル毎に単一の座標を生成し,出力する演算回路と,

(2)スクリーンデータの領域とキャラクタデータの領域とを含む画像メモリとを有し,

(3)当該単一の座標のうち上位ビットに基づいてピクセル毎に画像メモリのスクリーンデータの領域から単一のキャラクタコードを得,当該単一のキャラクタコードと当該単一の座標のうち下位各3ビットとに基づいてピクセル毎に画像メモリのキャラクタデータの領域から単一のピクセルデータを得て,該単一のピクセルデータをディスプレイ画面上に表示する,

 携帯型ゲーム機である。

理由

(1)本件特許発明1

 被控訴人製品は,本件特許発明1にいう「読出順序データ」を具備していないから,その余の点について検討するまでもなく,本件特許発明1の構成要件B,構成要件Cの要件をいずれも充足しないことが明らかである。

(2)本件特許発明2

 被控訴人製品の動作は,本件特許発明2にいう「読出順序データ」を具備していないから,その余の点について検討するまでもなく,構成要件A’-3,A’-4,B’に記載された各要件を充足しないことが明らかである。

(3)結論

 以上のとおり,被控訴人製品は,本件特許発明1及び2のいずれの技術的範囲にも属しないから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の請求は理由がない。

 よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

当事者の主張・裁判所の判断の抜粋

1.本件特許発明の技術的範囲の解釈について

1.1 原審

1.1.1 被告の主張

・発明の詳細な説明における発明の開示の記載が,唯一の実施例の説明のみに尽きており,実施例の説明以外には当該発明の技術開示となる記載が存在しない場合には,当該発明の特許請求の範囲の記載は当然のことながら,唯一の技術の開示であるところの当該実施例の説明から当業者が読みとれる技術思想の範囲内のものとして解釈されることになる。このような解釈は,特許制度は開示した技術の代償としての当該技術の独占を認める制度であるという,特許制度の根本からの要請である。

1.1.2 原告の主張

明細書の参酌は,限定的意味ではなく,発明の内容を把握するためのものでなければならない。

本件特許請求の範囲は,実施例の具体的な構造そのものに限定的に解釈されるべきものではなく,被告がことさら強調する「唯一の実施例」なるものには何らの意味も見出せない。

1.1.3 裁判所(東京地裁)の判断

もとより,同法70条2項の規定の趣旨は,限定的意味ではなく,明細書及び図面全体の理解から,特許請求の範囲に記載された発明の内容を把握すべきことをいうものと解される。したがって,特許請求の範囲の記載を正当に解釈するためには,「発明の詳細な説明」に示された具体的技術思想に基づいて解釈すべきである。そして,特許請求の範囲の記載が一義的に明確でない場合に,当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に開示されていない技術思想までも含ませることはできない。よって,発明の詳細な説明の記載が不十分な発明に係る特許は,無効理由が存在するか(同法123条1項4号),そうでないとしても,その開示の限度で独占的な権利を与えられるにすぎないと解すべきである。

1.2 控訴審

1.2.1 控訴人(原告)の主張

・従来技術から明確になる事柄については,当該発明に係る願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び願書に添付した図面(以下「発明の詳細な説明の記載等」という。)により限定して解釈すべきではなく,本件特許発明においても,その特許請求の範囲は,従来技術を考慮すれば,次のとおり,当業者にとって,一義的に明確なものであるから,何ら限定解釈を加える理由はないのであって,本件特許発明の技術的範囲を限定的に解釈した上で,被控訴人製品が本件特許発明の構成要件を充足しないとした原判決の認定判断は誤りである。

1.2.2 被控訴人(被告)の主張

特許発明の技術的範囲の解釈は,特許請求の範囲の記載が一義的に明確であるか否かを問わず,発明の詳細な説明の記載等の記載を考慮してされるものである。特許請求の範囲の記載が一義的に明確であれば,特許発明の技術的範囲の解釈に当たって発明の詳細な説明の記載等の考慮は許されないとする控訴人の主張は,昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条4項及び5項(現行法36条4項1号及び6項1号),並びに,特許法70条1項,2項の解釈を誤るものであって,主張自体失当である。

 最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁は,特許出願に係る発明の要旨の認定について,「要旨認定は,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない」と判示するが,出願系に係る審決取消訴訟の事案であり,その射程は侵害訴訟には及ばないのであって,侵害訴訟における特許発明の技術的範囲について,「特許請求の範囲の記載の解釈は,発明の詳細な説明の記載及び図面の記載を考慮して行う」旨を定めた特許法70条2項は,上記射程に関する誤解が生じることのないように,念のために確認規定として追加されたものである。要するに,侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の解釈においては,そもそも,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確であるか否かを問わず,発明の詳細な説明の記載等を考慮して解釈されるべきである。

 特許制度が公衆に対する技術公開の代償として一定期間における独占を認めるものであるところから,独占の範囲を画する特許請求の範囲は,発明の詳細な説明の記載等に当業者が容易に実施をすることができる程度に十分かつ明確に開示された発明のうちから,出願人が特許を請求する範囲を記載したものでなければならず,したがって,仮に,特許請求の範囲に「特許を受けようとする発明が一義的に明確に」記載されていたとしても,当該特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明の記載等に支持(サポート)されていない場合,あるいは,当該特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明の記載等に当業者にとって容易に実施をすることができる程度に具体的に,明確かつ十分に記載されていない場合には,特許法36条のいわゆるサポート要件違反あるいは実施可能要件違反として当該特許には無効事由が存することになるのであるから,特許請求の範囲が「一義的に明確」であるか否かを問わず,特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明の記載等を考慮してこれを解釈されなければならないのである。

1.2.3 裁判所(知財高裁)の判断

(1)特許法70条1項は,「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」,同条2項は,「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定しているところ,元来,特許発明の技術的範囲は,同条1項に従い,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならないが,その記載の意味内容をより具体的に正確に判断する資料として明細書の記載及び図面にされている発明の構成及び作用効果を考慮することは,なんら差し支えないものと解されていたのであり(最高裁昭和50年5月27日第三小法廷判決・判時781号69頁参照),平成6年法律第116号により追加された特許法70条2項は,その当然のことを明確にしたものと解すべきである。

 ところで,特許明細書の用語,文章については,①明細書の技術用語は,学術用語を用いること,②用語は,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用すること,③特定の意味で使用しようとする場合には,その意味を定義して使用すること,④特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とは矛盾してはならず,字句は統一して使用することが必要であるところ(特許法施行規則様式29〔備考〕7,8,14イ),明細書の用語が常に学術用語であるとは限らず,その有する普通の意味で使用されているとも限らないから,特許発明の技術的範囲の解釈に当たり,特許請求の範囲の用語,文章を理解し,正しく技術的意義を把握するためには,明細書の発明の詳細な説明の記載等を検討せざるを得ないものである。

 また,特許権侵害訴訟において,相手方物件が当該特許発明の技術的範囲に属するか否かを考察するに当たって,当該特許発明が有効なものとして成立している以上,その特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明の記載との関係で特許法36条のいわゆるサポート要件あるいは実施可能要件を満たしているものとされているのであるから,発明の詳細な説明の記載等を考慮して,特許請求の範囲の解釈をせざるを得ないものである。

 そうすると,当該特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である。

(2)控訴人は,従来技術から明確になる事柄については,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとし,本件特許発明において,その特許請求の範囲は,従来技術を考慮すれば,当業者にとって,一義的に明確なものであるから,何ら限定解釈を加える理由はないのであって,本件特許発明の技術的範囲を限定的に解釈した上で,被控訴人製品が本件特許発明の構成要件を充足しないとした原判決の認定判断は誤りであると主張する。

 しかし,上記のとおり,特許権侵害訴訟においては,特許請求の範囲の文言が一義的に明確であるか否かを問わず,発明の詳細な説明の記載等を考慮して特許請求の範囲の解釈をすべきものであるから,従来技術から明確になる事柄について,それ以上発明の詳細な説明の記載等から限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,そもそも,誤りである。

 我が国の特許制度は,産業政策上の見地から,自己の発明を公開して社会における産業の発達に寄与した者に対し,その公開の代償として,当該発明を一定期間独占的,排他的に実施する権利(特許権)を付与してこれを保護することにしつつ,同時に,そのことにより当該発明を公開した発明者と第三者との間の利害の調和を図ることにしているものと解される(最高裁平成11年4月16日第二小法廷判決・民集53巻4号627頁参照)。本件原出願(昭和59年10月2日出願)に適用される昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条4項が「第2項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」(いわゆる実施可能要件),同条5項が「第2項第4号の特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。ただし,その発明の実施態様を併せて記載することを妨げない。」(いわゆるサポート要件)と定めているのも,発明の詳細な説明の記載要件という場面における,特許制度の上記趣旨の具体化であるということができる。したがって,特許請求の範囲の記載に基づく特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,何よりも考慮されるべきであるのは,公開された明細書の発明の詳細な説明の記載等であって,これに開示されていない従来技術は発明の詳細な説明の記載等に勝るものではない。

 仮に,控訴人主張のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈において,従来技術から明確になる事柄については,それ以上発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとすることが許されるならば,発明の詳細な説明の記載等とは無関係に,特許請求の範囲の解釈の名の下に,随意に新たな技術を当該発明として取り込むことにもなりかねず,このような結果が,上記発明の公開の趣旨に反することは明らかである。

(3)以上のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,一義的に明確なものであれば,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,独自の議論であって,採用し得ないものというべきである。

2.本件特許発明の特徴について(「読出順序データ」について)

2.1 控訴人の主張

・「読出順序データ」とは,キャラクタコードのことである。

・本件原出願日当時は,「キャラクタコード」という名称ないし用語が一般化していなかったため,本件特許発明においては,図形データが順序よく並べられた特徴を指して「読出順序データ」と称していたのである。

・本件特許発明における,出力されるピクセルとキャラクタコードとを1対1に対応させる技術は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている。すなわち,「図20の例では,1番目から15番目までが一つの読出順序データに対応し,16番目のピクセル1つが別の読出順序データに対応している。すなわち,1つの読出順序データに対して少なくとも1つ以上のピクセルデータが対応している。」(段落【0071】)とあり,この記載は,本件特許発明が出力されるピクセルとキャラクタコードとを1対1に対応させていることを表しているものである。

2.2 被控訴人の主張

 構成要件としての「読出順序データ」の技術事項については,原判決の判示するとおり,回転表示についての唯一の技術開示記載である【発明の実施の形態】欄の記載を考慮して理解することになる。そして,【発明の実施の形態】欄の記載を考慮すれば,本件特許発明における図形の回転表示をするための構成要件である「読出順序データ」の技術事項とは,表示画面上の「複数ピクセルに対応する,隣接する2つの読出データ(2つの文字コード)」と解釈することができる。

・マップから読み出される「読出順序データ」は,回転しない場合のN個と比べて,回転する場合には個数を異にして読み出すものであることを,出願人は特許請求の範囲の記載において明記していた。

・したがって,侵害訴訟の場において,構成要件としての「読出順序データ」について,回転する場合にも回転しない場合にも,マップから「必ず1つのデータだけを読み出す」(すなわち,回転する場合にも回転しない場合にも,必ずマップからN個を読み出す)として,審査段階と異なる主張をすることは,出願経過における禁反言として信義則上許されないものである。

2.3 裁判所の判断

・控訴人の上記主張は,要するに,本件特許発明1において,ピクセルとキャラクタ(文字,図形)を走査線でスライスした単位とを1対1に対応させるのではなく,ピクセルとキャラクタ(文字,図形)自体を1対1に対応させるというものであるところ,本件明細書の発明の詳細な説明の記載等に開示されているのは,ラスタスキャン方式を前提とした技術であり,本件明細書の発明の詳細な説明には,唯一の実施例として,上記のとおり,縦横複数個よりなるピクセルで表示されるブラウン管の表示内容に対応するマップ部から斜めに一列ずつ,『ナウ』,及び,『ネクスト』又は『バック』が読み出され,これが繰り返されることによって文字が回転した図形が表示されることが開示されているのみであって,まして,ピクセルとキャラクタ(文字,図形)自体を1対1に対応させているなどといった技術に関する記載を発明の詳細な説明及び図面中に見いだすことはできない。

・本件特許発明の「読出順序データ」の解釈について,「控訴人の上記主張は,要するに,本件特許発明において,ピクセルとキャラクタ(文字,図形)自体を1対1に対応させているというものであることを前提として『読出順序データ』を解釈しているものであり,その前提が誤りであることは,上記3に判示したところである。

・本件特許発明の「読出順序データ」の技術的意義について検討すると,「本件特許発明1にいう『読出順序データ』とは,一つの文字コードを走査線でスライスされた行データであり,図形に回転を与えた場合には,二つの文字コードにまたがってアクセスが行われ,そのおのおのが『読出順序データ』として読み出されるもの」である。

考察

 裁判では特許発明の技術的範囲を、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して、限定的に解釈することが許されるかどうかが争点の一つとなった。

 控訴人(原告)は、「当業者にとって,一義的に明確なものであるから,何ら限定解釈を加える理由はないのであって,本件特許発明の技術的範囲を限定的に解釈した上で,被控訴人製品が本件特許発明の構成要件を充足しないとした原判決の認定判断は誤りである。」と主張した。

 これに対して、裁判所は、「特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である」とから、「特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,一義的に明確なものであれば,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,独自の議論であって,採用し得ないものというべきである。」と述べ、控訴人の主張を退けた。

 

 工業所有権法逐条解説〔第19版〕によれば、特許法70条2項については、「二項は、平成六年の一部改正により追加された規定であり、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められることを原則とした上で、特許請求の範囲に記載された用語について発明の詳細な説明等にその意味するところや定義が記載されているときは、それらを考慮して特許発明の技術的範囲の認定を行うことを確認的に規定したものである。」と記載されている。

 控訴人の、「当業者にとって,一義的に明確なものであるから,何ら限定解釈を加える理由はないのであって,本件特許発明の技術的範囲を限定的に解釈した上で,被控訴人製品が本件特許発明の構成要件を充足しないとした原判決の認定判断は誤りである。」という主張は、いわゆるリパーゼ事件(昭和62年(行ツ)第3号)を参考にした主張であるように思われる。

 リパーゼ事件では、「特許法二九条一項及び二項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては、この発明を同条一項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」ということが判示されている。

 リパーゼ事件は、発明の要旨認定に関し、特許法70条2項は、特許発明の技術的範囲に関するものである。したがって、控訴人の主張は、特許発明の技術的範囲の解釈には妥当しないと思われる。以上の点を考慮すれば、裁判所の判断は妥当であると思われる。

意見

 以上述べたように、裁判所の判断は妥当であり、異論をはさむ余地はないであろう。

(1)この事例により、特許権侵害訴訟においては、特許請求の範囲の解釈をするにあたっては、「特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義が解釈される」ということが確認された。

 

 特許請求の範囲の技術的範囲の解釈をするにあたって明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面が考慮されること自体については、反論の余地はない。注意すべきは、特許請求の範囲の技術的範囲の解釈をするにあたって、明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面が、特許発明の技術的範囲を限定する方向に作用するかどうかである。

 

 工業所有権法逐条解説〔第19版〕によれば、特許法70条2項については、「また、本項は、特許請求の範囲に記載された個々の用語の意義の解釈について規定したものであるから、この規定により、①特許発明の技術的範囲を発明の詳細な説明中に記載された実施例に限定して解釈することや、②発明の詳細な説明中には記載されているが特許請求の範囲には記載されていない事項を特許請求の範囲に記載されているものと解釈することが容認されるものでないことはいうまでもない。」と記載されている。

 

 しかしながら、本件では、結果として、「読出順序データ」が「一つの文字コードを走査線でスライスされた行データであり,図形に回転を与えた場合には,二つの文字コードにまたがってアクセスが行われ、そのおのおのが「読出順序データ」として読み出されるものである」とされ、被控訴人製品は,本件特許発明1及び2のいずれの技術的範囲にも属しないと判断された。

 

 裁判所は、

 「特許権侵害訴訟において,相手方物件が当該特許発明の技術的範囲に属するか否かを考察するに当たって,当該特許発明が有効なものとして成立している以上,その特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明の記載との関係で特許法36条のいわゆるサポート要件あるいは実施可能要件を満たしているものとされているのであるから,発明の詳細な説明の記載等を考慮して,特許請求の範囲の解釈をせざるを得ないものである」、

 「仮に,控訴人主張のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈において,従来技術から明確になる事柄については,それ以上発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとすることが許されるならば,発明の詳細な説明の記載等とは無関係に,特許請求の範囲の解釈の名の下に,随意に新たな技術を当該発明として取り込むことにもなりかねず,このような結果が,上記発明の公開の趣旨に反することは明らかである」

 と述べている。

 

 このような点を考慮すると、「特許請求の範囲の技術的範囲の解釈をするにあたって明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面が考慮される場合、当該技術的範囲は、明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面との関係から、サポート要件または実施可能要件を満たす範囲に限定的に解釈され得る」という点について十分に認識しておく必要があると思われる。

 

 

(2)本件の判示内容を考慮すると、実務面では、以下の点に留意することが好ましいと考える。

 (A)明細書の作成にあたっては、「特許請求の範囲に記載された用語の意義」を特許請求の範囲において十分に定義しておく。十分な定義がない場合には、特許法70条2項の規定により、当然に、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義が解釈され、その結果、想定よりも技術的範囲が狭く解釈されてしまう危険性がある。

 (B)権利行使にあたっては、主張しようとする技術的範囲が、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面との関係から、サポート要件または実施可能要件を満たしているかどうかを考える必要があると思われる。言い換えれば、特許権の侵害の対象となるものが当該特許権に係る特許発明の技術的範囲に属すると主張する際には、当該技術的範囲が、明細書等の記載との関係でサポート要件または実施可能要件を満たす範囲を超えているという心証を与えないようにしたほうがよい。そうでなければ、サポート要件または実施可能要件を満たすと考えられる範囲に制限される結果となる可能性がある。