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判例検討(2)「引例との構成の相違と無関係な出願経過の主張を限定解釈の根拠とするのは相当ではないと判断された裁判例」

  • 2014/07/02
  • 判例検討
平成17年(ワ)第6346号損害賠償等請求事件(平成19年2月15日判決)(※PDF ダウンロード)



「使い捨て紙おむつ事件」

~引例との構成の相違と無関係な出願経過の主張を

限定解釈の根拠とするのは相当ではないと判断された裁判例~

 

平成26年 6月20日 

担当 弁理士 木村豊 

 

発明の名称

「使い捨て紙おむつ」

事件番号

平成17年(ワ)第6346号損害賠償等請求事件(平成19年2月15日判決)

結論

侵害容認(被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属する)

担当部

東京地方裁判所民事第46部 (裁判長裁判官 設楽隆一)

関連条文

特許法70条1項,同2項

原告

大王製紙株式会社

被告

王子ネピア株式会社

出願経過

出願

第1手続補正書

第2手続補正書

第1拒絶理由通知書

第3手続補正書・第1意見書

第2拒絶理由通知書

第4手続補正書・第2意見書

拒絶査定

拒絶査定不服審判請求

第5手続補正書

面接

第3拒絶理由通知書

第6手続補正書

出願公告(特公平6-22511)

特許異議申立て

特許異議答弁書

登録

昭和62年 1月16日

昭和62年 5月18日

昭和63年12月23日

平成 2年11月 8日

平成 3年 2月12日

平成 3年 7月17日

平成 3年10月 4日

平成 3年11月 8日

平成 4年 1月 9日

平成 4年 5月22日

平成 5年10月25日

平成 5年11月12日

平成 5年11月12日

平成 6年 3月30日

平成 6年 6月23日

平成 7年 2月17日

平成 7年 9月18日

本件発明

構成要件A①

 体液吸収体と,透水性トップシートと,非透水性バックシートとを有し,前記透水性トップシートと非透水性バックシートとの間に前記体液吸収体が介在されており,

構成要件A②

 前記体液吸収体の長手方向縁より外方に延びて前記透水性トップシートと前記非透水性バックシートとで構成されるフラップにおいて腰回り方向に弾性帯を有する使い捨て紙おむつにおいて,

構成要件B

 前記弾性帯は弾性伸縮性の発泡シートであり,かつこの発泡シートが前記透水性トップシートと前記非透水性バックシートとの間に介在され,前記体液吸収体の長手方向縁と離間しており,

構成要件C

 前記トップシートのバックシートがわ面において,体液吸収体端部上と発泡シート上とに跨がってその両者に固着されるホットメルト薄膜を形成し,

構成要件D

 さらに前記離間位置において前記ホットメルト薄膜が前記非透水性バックシートに前記腰回り方向に沿って接合され,体液の前後漏れ防止用シール領域を形成したこと

構成要件E

 を特徴とする使い捨て紙おむつ。

被告製品(被告の主張より)

構成A①

 使い捨て紙おむつは,体液吸収体3と,親水性不織布からなる透水性トップシート1と,ポリエチレンからなる非透水性バックシート2とを有し,透水性トップシート1と非透水性バックシート2との間に体液吸収体3が介在している。

構成A②

 体液吸収体3の長手方向縁より外方に延びて透水性トップシート1と非透水性バックシート2とでフラップ6が構成されている。

構成B

 フラップ6において腰回り方向に弾性伸縮性の発泡シートからなる弾性帯4を有する。

構成C

 弾性帯4は,透水性トップシート1と非透水性バックシート2との間に介在し,体液吸収体3の長手方向縁と離間,接触又は重合している。

構成D

 透水性トップシート1の非透水性バックシート2がわ面において,体液吸収体3の端部上と弾性帯4上とに跨ってその両者に固着される散点状又はストライプ状のホットメルト接着剤5が存在している。

本件における争点

(1)被告製品の構成

(2)被告製品が「ホットメルト薄膜」(構成要件C)および「体液の前後漏れ防止用シール領域」(構成要件D)を有するか。

(3)被告製品が「体液吸収体の長手方向縁と離間」(構成要件C,D)を有するか。

(4)本件特許発明が無効理由を有しているか(特許法29条2項,29条の2)

(5)損害の額

※本稿は、争点(2)について述べる。

当事者の主張

原告の主張

被告の主張

 「ホットメルト薄膜」とは,ホットメルト接着剤により形成された物の表面を覆う薄い層,つまりホットメルト接着剤層をいう。

 「薄膜」とは,物の表面を覆う層やコーティングや皮などをいい,孔などの隙間が存在していたとしても,マクロ的に見て層を形成していれば「薄膜」である。

 

 (作用効果を考慮すると)「ホットメルト薄膜」と「非透水性バックシート」との両者で体液が漏れるのを防止する機能を有するシール領域を形成することが要件となると解される。そうであるとすれば,構成要件C及びDの「ホットメルト薄膜」は,「非透水性バックシート」と同様な「非透水性」であることが必須である。

 本件特許発明の「ホットメルト薄膜」は,「非透水性バックシート」のように体液の浸み出しを防止する作用効果を奏するのではなく,体液が透水性トップシートを伝わることによる前後漏れを防止する作用効果を奏するものである。すなわち,「非透水性バックシート」と同様の「非透水性」を要求するものではないし,シートの厚み方向の漏れを防止する「非透水性バックシート」と異なり,体液の前後漏れ(長手方向の漏れ)の防止を図るものである。

 

 (第5手続補正書において)原告は,引用発明2とは,「点状に間欠的か紙おむつの長手方向に連続した線状かを想定し,腰周り方向に連続して接着することを想定していない」点が本件特許発明との相違点であることを強調している。

 したがって,本件特許発明における「ホットメルト薄膜」は,ホットメルト接着剤が隙間なくシート状(フィルム状)に形成されている状態を指していることは明らかである。

 

 異議答弁書において、以下の記載がある。

 「甲第1号証(被告注:引用文献3である。)における漏れ防止用シールは,同号証の第11図から明らかなように,透液性のトップシートと不透液性のバックシートとを腰部回りに単に接合したシール構造であり,両シートが連続的に腰回りの方向に接合されている点で,逆に言うと両シート間に開口が形成されていない構成をもってシール構造としただけであり,該腰部において透液性トップシートに対しては何ら不透水処理が行われておらず,依然として吸収体に吸収された体液が吸収体の長手方向端部より滲み出し透液性のトップシートを通過して外部に漏れ出す問題を解決するものではない。」

 「本願の漏れ防止用シールの場合には,ホットメルト塗膜により不透水とされるトップシート部分と素材的に不透水のバックシートとにより横V字状に不透水性のポケットが形成されるため,吸収体に吸収された体液が端部より滲み出すのを防止する。というものであり,甲第1号証記載のシール構造とはその作用および機能をまったく異にするものである。」

 従って、原告(出願人)の主張からすれば、引用文献3の「透液性トップシート」には不透水処理がなされていないため,いったん吸収体に吸収された体液が吸収体端部から逆流して,透液性のトップシートを通過することを原因とする逆漏れを防止することはできないのに対し,本件特許発明の「漏れ防止用シール」は,上記のようなトップシートからの逆漏れを防止する機能を果たすものでなければならない。

 

裁判所の判断

 実施例2において,横置き状態にした紙おむつの中央部分に人口尿を注入したところ,その尿が漏れ始めるまでの注入量が,ホットメルト薄膜がない場合が130㏄,同薄膜がある場合が210㏄であったことからすれば,本件特許発明における「ホットメルト薄膜」は,紙おむつ端部から尿の漏れをある程度まで防止する機能を奏するものということができるものの,透液性のシートを不透液性のシートに変える機能を奏する膜であるとまでいうことができない。

 原告(出願人)は,同答弁書において,前記 a)②のとおり,引用発明3は,透液性トップシートに対して何ら不透水処理が行われていないものであるとして,引用発明3のシール構造と本件特許発明とはその作用及び機能を全く異にすると述べている。原告(出願人)は,この中で引用発明3との違いを強調するあまり,本件特許発明のホットメルト薄膜を「不透水」のものと記載している。しかし,この記載は本件明細書の前記の実施例2その他の各記載と明らかに矛盾するものであること,及び,本件異議決定においても,上記のとおり,引用文献1及び同3は「体液の前後漏れ防止用シール領域」について何ら記載のないことを理由に特許異議申立てを排斥しているのであって,原告の本件異議答弁書におけるこの記載を前提に判断しているものではないことからすれば,かかる引用文献3との構成の相違と無関係な出願経過における出願人の陳述を理由として,本件明細書の発明の詳細な説明とも明らかに矛盾する内容で,本件特許発明の技術的範囲を限定して解釈するのは相当ではない。

 

※傍線は筆者

考察

 本件は,「ホットメルト薄膜」の解釈について,出願経過では、ホットメルト薄膜は不透水のものを言い,透水するものとは相違している(つまり、透水するものは技術的範囲に属さない)と主張しながら,権利行使時においては,それを覆して、ホットメルト薄膜には透水するものも含まれる,と主張するいわゆる包袋禁反言を問題とする事案である。

 

 包袋禁反言とは,出願経過において主張したことを後に否定することができないという法理であり,「出願人が特許庁審査官の拒絶理由又は特許異議申立の理由に対応して特許請求の範囲記載の意義を限定するなどの陳述を行い,それが特許庁審査官ないし審判官に受け入れられた結果,これらの拒絶理由又は異議理由が解消し,特許をすべき旨の査定ないし特許を維持すべき旨の決定がされたような場合には」,後の侵害訴訟において当該陳述と矛盾する内容を主張することは許されない,というのが原則である(例えば、平成10年(ワ)第12899号 特許権侵害差止等本訴請求事件 )。

 

 本判決は,「ホットメルト薄膜」については従前より存在する技術であると認定し,「体液の前後漏れ防止用シール領域」こそが本件発明の特徴と捉えた上で,特許異議申立てにおいて認められた特許性は,「ホットメルト薄膜」についての主張にはないと認定した。

 そして,特許異議申立てにおけるホットメルト薄膜についての原告の主張は,特許請求の範囲の記載の意義を限定する陳述ではあるものの,「審判官に受け入れられた結果,特許をすべき旨の査定がされた」という関係に立たないから,包袋禁反言の法理は成り立たないという判断がなされたのではなかろうか。結局のところ,従来の考えに沿った原則通りの判断がなされたと考える。

 

 また,他の裁判例にもあるように,出願人の主観的意図は問題ではなく,第三者に外形的に技術的範囲から除外したと解される行動をした場合には,包袋禁反言が働くと解されている(例えば,平成21(ワ)35411 )。

 これを本件に照らして考えると,「ホットメルト薄膜が不透水性である」という主張については,(明細書と引用文献とを参酌すると)あくまで主観的なものに過ぎず,客観的に見ると技術的範囲から除外したとは解されないため,包袋禁反言は働かない。この観点でみても本件は,妥当な判断がなされたと考える。

 

 また,本判決においては,「ホットメルト薄膜が不透水性である」という記載が,実施例2に矛盾すると判断されていることから,出願経過における出願人の陳述よりも,明細書の記載が優先されている。

 条文上「願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」(特許法70条2項)と規定されていることから,明細書の記載と出願経過における出願人の陳述とに食い違いが生じた場合には,明細書の記載が優先されると考えるのが相当であり,この判断も妥当であろう。

 

 実務上の注意点として,包袋禁反言の働く範囲については,意見書等の主張を表面的に捉えて広く適用しがちであるが,引用文献の内容と補正および意見書の内容を精査した上で,客観的に見て,回避した技術はどの点にあるか,審査官・審判官に受け入れられて特許された箇所はどこにあるか,を詳細に検討して慎重に判断すべきであると考える。

 

 なお,本件は, 控訴審 においても原審(本判決)の考えが支持されており,1億円超の損害賠償請求が認められている。