お知らせ・コラムNEWS / COLUMN

お知らせ・コラム

判例検討

判例検討(3)「略称として需要者間にごく自然に広く用いられる語は、普通名称に該当すると判断された裁判例」

  • 2014/07/31
  • 判例検討
平成17年(行ケ)第10252号審決取消請求事件(平成17年7月6日判決)(※PDF ダウンロード)



「PEEK事件」

~略称として需要者間にごく自然に広く用いられる語は、

普通名称に該当すると判断された裁判例~


平成26年 7月29日 

担当 弁理士 田中康継 


事件番号

平成17年(行ケ)第10252号審決取消請求事件(平成17年7月6日判決)

結論

無効審決の維持

担当部

知的財産高等裁判所第3部

(裁判長裁判官 佐藤久夫、裁判官 三村量一、裁判官 古閑裕二)

関連条文

商標法3条1項1号、4条1項16号

原告

ヴィクトレックス ピーエルシー

被告

ソルベイ アドバンスト ポリマーズ エル・エル・シー

本件商標

peek

経過

①出願(商願平8-43496号)

②登録査定

③登録(登録第4219696号)

④無効審判請求(無効2003-35500)

⑤審決(無効)

⑥同謄本送達

⑦審決取消訴訟出訴

⑧判決(請求棄却(審決維持))

⑨上告受理申立不受理

平成 8年 4月19日

平成10年10月 2日

平成10年12月11日

平成15年12月 3日

平成16年 9月27日

平成16年10月 7日

平成17年 2月 3日

平成17年 7月 6日

平成17年12月20日

取消事由

(1)審決は、本件商標がポリエーテルエーテルケトンの略称を表すものと認識されていたと誤って認定判断した、即ち、本件商標を普通名称の略称と判断した。

(2)審決は、本件商標をポリエーテルエーテルケトン以外の商品に使用するときに商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあると誤って認定判断した、即ち、本件商標が商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあると判断した。

※本稿は、取消事由(1)について述べる。

当事者の主張

原告の主張

被告の主張

 「PEEK」は,ポリエーテルエーテルケトン(polyether ether ketone)の略称である。プラスチックの分野では,合成樹脂の一般名称は,当該合成樹脂を構成する化合物名を連記して作成され,その結果,冗長な名称となってしまうことから,こういった冗長な合成樹脂名に代えて,当該合成樹脂を構成する化合物の英文名称の頭文字を組み合わせて,これを当該合成樹脂名の略称として使用することが広く行われている。例えば,ペットボトルの「ペット」とは,原料であるポリエチレンテレフタレート(polyethylene telephthalate)の略称である「PET」に由来するものである。また,ポリ塩化ビニル(polyvinyl chloride)は,「PVC」との略称で広く知られている。このような当該業界の慣行に従って,「PEEK」という名称も,ポリエーテルエーテルケトン(polyether ether ketone)の略称として極めて当然なものとして使用されていた。プラスチック業界で,「PEEK」がポリエーテルエーテルケトンという普通名称の略称として使用されていたことは,審判段階で提出された各種の証拠から明白であり,審決の認定に何ら誤りはない。

 審決が挙げる各種専門辞典及び雑誌は,いずれもポリエーテルエーテルケトンの特性や性能,応用範囲などを説明することを目的として発行されたものであって,商標法上の普通名称性にまで配慮して記載された文献ではなく,また,間違った記載がされている可能性もあるから,普通名称性の有無に関して証拠としての価値は極めて低い。また,専門文献においても,「PEEK」が原告の商標として認識され,取り扱われているものが存在する。

 原告は,単に間違った記載がなされている「可能性」につき言及するのみで,何ら反証を提出しておらず,原告の主張は全く意味をなしていない。

 ある商標が普通名称あるいはその略称に該当するか否かの認定に際しては,当該業界の取引者の認識がいかなるものであったかが検証されるべきである。審決では,原告が実際にどのような商標を用い,ポリエーテルエーテル製品についてどのような営業・販売活動を行っていたかについて全く検討がされていない。現実の原告の使用態様としては,「PEEK」を単独で使用している例が多数あり,その場合には,取引者・需要者は,必然的に「PEEK」を原告により販売される商品の商標と認識するものである。原告の営業販売活動により,「PEEK」は原告商品を表す商標として我が国のプラスチック業界において広く認知され,また尊重されていたものである。

 原告は,当該業界の取引者の認識がいかなるものであったかが検証されるべきである旨主張するが,その点については,審判手続において証拠を詳細に検討した結果として,審決により,普通名称の略称として認識されていたというきわめて当然の判断がなされているものである。原告の提出する書証のうち,甲14ないし31は,いずれも本件商標の商標登録以降のごく最近に作成されたものであって,本件商標の登録査定時(平成10年10月)における業界関係者の認識を推認させるものではない。これらは,本件商標の登録後における原告のキャンペーン活動等により原告の依頼を受けて作成されたものであることが,容易に推察できる。甲38の1ないし9も,また,平成11年以降に掲載された記事であり,本件の争点とは関係がない。


 また、現実に原告が「PEEK」を単独で使用したことについての証拠は審判手続では一切提出されていない。原告が実際にいかなる態様で本件商標を使用していたかは判然としないが,合成樹脂を当該樹脂を構成する化合物の英文名称の頭文字を用いた略称で呼称するという業界の慣行に従えば,需要者は,「PEEK」単独の表示しかない商品に接した場合,「PEEK」は商品内容たる樹脂の名称を示す表示と理解し,それ以外の製造者や販売者の表示をもって出所を示すものと理解するのが通常である。

 「ポリエーテルエーテルケトン」は,昭和53年に原告の前身である英国のICI社の先端材料部門(この部門の名称が「Victrex」である。)が開発したプラスチック樹脂であり,「PEEK」という商品名は,ポリエーテルエーテルケトンが開発された際にICI社が名付けたものである。ポリエーテルエーテルケトンは,ICI社により世界各国において特許が取得された特許製品であり,我が国においてもポリエーテルエーテルケトンとその製造方法の発明は,昭和53年にICI社によって特許出願され,その後,原告に引き継がれた。平成10年9月の特許権の存続期間満了に至るまで,我が国及び海外においてICI社ないし原告が独占的にポリエーテルエーテルケトンの製造販売を行ってきたもので,「PEEK」はICI社ないし原告の製造販売するポリエーテルエーテルケトン樹脂の商品名として使用されてきたのである。このように,平成10年9月に至るまで,我が国では唯一原告がポリエーテルエーテルケトンの製造販売をなし得たものであるところ,原告からポリエーテルエーテルケトンを購入して更にこれを日本国内において販売していた被告においても「KADEL」という商標を使用しており,「PEEK」は唯一原告のみによって使用されてきた商標なのである。上記のとおり,ポリエーテルエーテルケトンは平成10年までICI社ないし原告のみが製造販売でき,原告のみが当該商品に商標「PEEK」を長期にわたり独占的に使用してきた。その結果,「PEEK」は商品の出所と非常に強い結びつきを有する商標となった。上記のような状況下において,「PEEK」を単なる商品の普通名称の略称と解することはできない。

 特許権によって保護され,特許権者のみが独占的に販売し得る製品であっても,当該製品を購入する者,当該製品を加工して販売する者,当該製品を研究する者などが存在する以上,これらの者もまた「PEEK」を普通名称として使用できる立場にある。ポリエーテルエーテルケトンは,種々の製品の原材料として使用されるものであるから,原材料自体が特許権で保護されていたとしても,それを購入して種々の製品に使用する需要者が「PEEK」をどのように認識するかは,必ずしも,原告がどのような態様で「PEEK」を使用していたかということに拘束されるものではない。取引者・需要者は,業界の慣行に従って「PEEK」を合成樹脂ポリエーテルエーテルケトンの組成そのものを示した略称と理解し,そのような理解の下で,多くの専門雑誌等において「PEEK」は略称として使用されていたのである。

 各種パンフレット,会社案内,リーフレットにおいて本件商標が原告の登録商標であることを明示して使用し,ポリエーテルエーテルケトン樹脂の包装資材や原告の日本法人であるビクトレックス・エムシー株式会社(以下「ビクトレックス・エムシー社」という。)の社員の名刺にも本件商標が登録商標であることを明示して記載するなどしている。原告の取引先は,商談の際にパンフレットや社員の名刺を見たり,商品購入時に包装資材に付された本件商標を見ることによって,「PEEK」が原告の登録商標であることを十分認識する。原告の取引先においても,取引先の商品(原告の製造に係るポリエーテルエーテルケトン樹脂が原料として用いられているもの)のパンフレットやホームページにおいて,「PEEK」が原告の登録商標であることが明記されて使用されている。商標法上の普通名称に該当するかどうかは,専門書の記載よりも取引者間での取扱いが重視されるべきところ,ポリエーテルエーテルケトン樹脂の取引者間での取扱いの実態は上記のとおりであり,取引先は「PEEK」が原告の登録商標であることを認識し,これを尊重している。すなわち,本件商標は,当該商品の取引者間において現実に普通名称として使用されてはいないのである。また,業界専門紙においても,平成11年から同14年にかけて,専門紙9紙に本件商標が原告の登録商標である旨を明記した記事が掲載されているが,これを見ても,プラスチック業界において,「PEEK」が原告による販売当初から原告のポリエーテルエーテルケトン樹脂の商品名であることが広く認知され,本件商標の商標登録時にはこれが定着していたことが分かる。

 原告は,ビクトレックス・エムシー社を通じて,商標「PEEK」の認知度アップキャンペーンを行うなど,多大なコストを費やして,本件商標の管理を行ってきた。

 審決は,「(ポリエーテルエーテルケトン)製品に使用されている商標は,『VICTREXPEEK』又は『VictrexPEEK』の欧文字を書したものであることが推認し得る」とした上で,「VICTREX」の部分が登録商標であり,「PEEK」の文字部分はポリエーテルエーテルケトンの普通名称の略称を表示したものと認められるとしている。しかし,「VICTREX」は,当時のICI社においてポリエーテルエーテルケトンを開発・生産していた先端材料部門の名称であり(その後,当該部門が独立して原告となった。),原告が自己の商標登録に係るハウスマーク(会社名の商標)として使用している。このようなハウスマークを,商品についての商標と組み合わせて使用することは一般的に行われていることであり(例えば「SONY CYBERSHOT」や「ASAHI PENTAX」),単にハウスマークと組み合わせて使用されているというだけで,残りの部分が普通名称であるということはできない。

 審決は,ハウスマークである「VICTREX」と組み合わせて使用されていることを根拠として,「PEEK」を普通名称の略称であると認定しているわけではない。審決は,PESはポリエーテルサルホンの略称であり,また,PEEKもポリエーテルエーテルケトンの略称であると認められる状況下において,更に,先行商品である「“VICTREX”PES」が,商標「VICTREX」にポリエーテルサルホンの略称であるPESを組み合わせたものであることに照らし,「“VICTREX”PEEK」についてもPEEKは略称を表示したものと認められると認定したのである。

 審決は,「ポリエーテルエーテルケトンの先行商品である非晶質の熱可塑性樹脂のポリエーテルサルホン(PES)について使用されている商標は,『VICTREXPES(なお,『X』の右肩上に円輪郭内に『R』の文字を配している。)』であって『VICTREX』の文字部分が,その表示によって登録商標であることが認められる。そして,このことより類推して,『“VICTREX”PES』及び『“VICTREX”PEEK』の表記中に使用されているクォーテーションマーク『“”』は,登録商標であることを表すために用いられたものと推認し得るものであり,かつ,それに続く『PES』及び『PEEK』の文字部分は,商品の普通名称の略称を表示したものと認められる。」としている。しかし,ポリエーテルサルホン(PES)とポリエーテルエーテルケトンとは別個の樹脂であり,背景事情,取引者・需要者の間での認識・呼称も全く異なっている。ポリエーテルエーテルケトンが平成10年まで原告の特許権により保護されていたのに対して,ポリエーテルサルホンは本件商標が登録された当時,一般的な樹脂として誰でも自由に製造ができ,「PES」の名称を使用できたのであるから,両者を同列に論ずることはできない。

 原告は,審決が,ポリエーテルサルホン(PES)について使用された表記「“VICTREX”PES」との対比において「“VICTREX”PEEK」の表記について,「“”」により囲まれた部分に続く「PEEK」の文字部分を商品の普通名称の略称を表示したものと認定したことを非難する。しかしながら,同一の業者が,先行して販売する樹脂製品について商標に続いて一般名称の略称を付した表示をしている場合には,取引者及び需要者に混乱を生じさせることなく自社製品を受け容れてもらうには,後に販売された製品についても,同様の表示を付するのが自然である。したがって,PESとPEEKを含んだ両表示を対比するのは合理的である。そして,PESはポリエーテルサルホンの略称であり,また,PEEKもポリエーテルエーテルケトンの略称であると認められる状況下において,「VICTREXPES」の「X」の右肩上に円輪郭内に「R」の文字を配した表示が存在すれば,「“VICTREX”PES」及び「“VICTREX”PEEK」の表記中に使用されているクォーテーションマーク「“”」を,登録商標であることを表すために用いられたものと推認するのは当然のことである。

裁判所の判断

 認定事実によれば,次の各点を指摘することができる。

①従来からプラスチック業界では,合成樹脂について,これを構成する単位化合物の名称を連結した本来の合成樹脂名に代えて,単位化合物の英文名称の頭文字を組み合わせた略称を用いることが一般的に行われており,これをポリエーテルエーテルケトン(polyether ether ketone)について当てはめると,「PEEK」となる。

②「プラスチック大辞典」は,プラスチックに関する一般的な辞典と認められるが,そこでは,項目に,「polyether ether ketone PEEK」と記載されて,「PEEK」が「polyethylene(PE) ポリエチレン」における「PE」と同列に扱われ,かつ,その解説文では,「PEEK」は「polyether ether ketone」の略称であり,ICI社の商標は「VictorexPEEK」である旨が記載されている。

③「NIKKEI NEW MATERIALS」,「プラスチックス」及び「工業材料」は,いずれも,その掲載記事の内容及び発行元たる出版社に照らし,エンジニアリングプラスチックの製造,販売(取引)及び需要(購入・使用)に関係する業者をその主たる購読者層に含む定期刊行物と認められ,「新・エンプラの本」,「エンジニアリングプラスチック活用ガイド」,「全調査エンジニアリングプラスチック-技術・応用・需給動向のすべて」,「エンジニアリングプラスチックの精密成形技術」及び「プラスチック成形材料データBOOK’97/’98」は,その内容,著者・編者,発行元たる出版社等に照らし,上記の業者を読者とするエンジニアリングプラスチックの解説書と認められるが,これらの刊行物においては,「PEEK」は,「PES」(ポリエーテルサルホンの略称),「PET」(ポリエチレンテレフタレートの略称),「PP」(ポリプロピレンの略称),「PVC」(ポリ塩化ビニルの略称)などと同列に用いられ,「PEEK樹脂」は「PET樹脂」「PPS樹脂」「フッ素樹脂」などと同列に用いられている。

④「NIKKEI NEW MATERIALS」及び「全調査エンジニアリングプラスチック-技術・応用・需給動向のすべて」においては,他社の合成樹脂の商品名ないし商標が「」に囲まれて引用されているにもかかわらず,PEEKは,「」を使用せずに記載されている。また,「新・エンプラの本」,「エンジニアリングプラスチック活用ガイド」,「プラスチック成形材料データBOOK’97/’98」,「工業材料」においては,「PEEK」の語のほかに,ICI社ないし原告の製造又は販売に係る商品を示す名称として,「VICTREX」,「ビクトレックス」,「“VICTREX”PEEK」及び「ビクトレックスPEEK」の語が用いられている。

 上記において指摘した各事情を総合すれば,本件商標の登録査定時(平成10年10月2日)において,いわゆるエンジニアリングプラスチックの製造,販売(取引)及び需要(購入・使用)に関係する業者の間では,「PEEK」の語は,原料プラスチックに属するケトン系樹脂の1種を示す普通名称であるポリエーテルエーテルケトン(polyether ether ketone)の略称として,広く認識され,使用されていたものと認めるのが相当である。

 
 原告は,前記に記載した各文献はいずれもポリエーテルエーテルケトンの特性や性能,応用範囲などを説明することを目的として発行されたものであって,商標法上の普通名称性にまで配慮して記載された文献ではなく,また,間違った記載がされている可能性もあるから,普通名称性の有無に関して証拠としての価値は極めて低いと主張する。しかしながら,上記文献のうち,「プラスチック大辞典」は,プラスチックに関する一般的な辞典と認められるところ,そのような辞典において「PEEK」の語が「polyether ether ketone」の略称として項目中に使用されているということは,「PEEK」の語の一般名称性を認定する上での有力な根拠となるものである。また,その他の各文献についても,これらがエンジニアリングプラスチックの製造,販売(取引)及び需要(購入・使用)に関係する業者をその主たる読者とする定期刊行物ないし解説書であることは,前記のとおりであり,これらの文献において「PEEK」の語が前記のような使用をされていることは,これらの業者の間において,「PEEK」の語が普通名称の略称として広く認識され,使用されていることを認定する上で十分なものというべきである。原告は,専門文献においても,「PEEK」が原告の商標として認識され取り扱われているものが存在すると主張して,審決取消訴訟の段階において,甲40ないし44を提出するが,そのうち甲41ないし44はいずれも本件商標が商標登録された(平成10年12月11日)後である平成13年10月ないし同16年8月に発行された刊行物であり,これらの刊行物において「PEEK」のKの右肩上に円輪郭内に「R」の文字を配するマークが付されているのは,本件商標が商標登録されたことを受けてのことであり,このことによっては本件商標の登録査定時に「PEEK」の語が普通名称の略称であったとの前記認定を覆すことはできない(上記刊行物のうち,(「プラスチック成形材料データBOOK’02/’03」プラスチック・ニュース社平成14年8月30日発行)は,(’97/’98版)のその後の年度のものであり,本件商標の商標登録に伴って「PEEK」についての記載が変更されたことが分かる。)。また,甲40(E著「高分子新材料」昭和62年3月5日発行)には,「ポリエーテルケトン」の見出しの項において,ポリエーテルエーテルケトンの化学構造式の下に「(ICI“PEEK”)Tm334℃」との記載がある。しかし,その直前の解説文には「ジヒドロおよびジクロロベンゾフェノンの縮合によりポリエーテルケトンやPEEKがICI社で1978年につくられた。」と,「PEEK」をポリエーテルケトンと同列に取り扱った記載があり,「PEEK」についての著者の認識は必ずしも明確でなく,これをもって前記認定を覆すには足りない。

 
 原告は,原告の使用態様としては,「PEEK」を単独で使用している例が多数あり,取引者・需要者は「PEEK」を原告により販売される商品の商標と認識していた旨主張するが,この点について原告が提出する証拠は,作成等の時期が不明であるものや,本件商標が商標登録された後に原告ないしビクトレックス・エムシー社によって作成されたパンフレット,包装資材や本件商標の商標登録後に取引先において作成されたパンフレット等であり,本件商標の登録査定時(平成10年10月2日)以前における使用態様を明らかにするものではない。本件商標の商標登録がされた後に,原告ないしその日本法人であるビクトレックス・エムシー社が商標「PEEK」の認知度アップキャンペーンを行った結果,原告や同社からの依頼に応じて,取引先会社作成の書類等において「PEEK」の語に「円輪郭内に『R』の文字を配するマーク」が併記されるようになったとしても,そのことから,本件商標の登録査定時の業界での取引における「PEEK」の語の使用態様を認定することはできないから,これらの点に関して原告が提出した証拠により前記認定を覆すことはできない。また,本件商標が商標登録された事実が業界専門紙により報道されたとしても,これによって,登録査定時以前における「PEEK」の使用態様について何らかの認定をすることはできないから,これらの点に関する証拠によっても前記認定を覆すことはできない。


 原告は,ポリエーテルエーテルケトンは平成10年9月まで特許権により保護され,ICI社ないし原告が独占的にポリエーテルエーテルケトンの製造販売を行ってきたものであるから,「PEEK」は原告の製造販売に係るポリエーテルエーテルケトン樹脂の商品名として取引者・需要者の間で認識されていた旨主張する。しかしながら,ポリエーテルエーテルケトンが特許権の対象であってICI社ないし原告のみが製造販売を行っていたという事情があるとしても,そのことをもって,「PEEK」が原告の商品を示す名称として取引者・需要者の間で認識されていたと直ちに認めることはできない。従来からプラスチック業界では,合成樹脂について,これを構成する単位化合物の名称を連結した本来の合成樹脂名に代えて,単位化合物の英文名称の頭文字を組み合わせた略称を用いることが一般的に行われていたところ,これをポリエーテルエーテルケトン(polyether ether ketone)に当てはめると「PEEK」となるのであって,プラスチック業界に何らかの関係を有する者がケトン系樹脂の1種を示す普通名称である「polyether ether ketone」(ポリエーテルエーテルケトン)の語を見た場合には,その略称として最初に想起する語が「PEEK」であるということができる。そうすると,仮に,「PEEK」の語を最初に用いたのがICI社であり,ポリエーテルエーテルケトンをICI社ないし原告のみが製造販売していたとしても,「PEEK」の語が具体的な商品を離れて,ケトン系樹脂の1種であるポリエーテルエーテルケトンの略称としてエンジニアリングプラスチック関係者全般の間で広く用いられるのはごく自然なことであり,現にそのように使用されていたことは前記のとおりである。また,一般に,商取引において,商品の出所については,商品の包装等に販売者,販売元等として会社名を記載することによって表示することとし,商品の名称としては当該商品を示す普通名称をそのまま用いるという例も少なくないことに照らせば,原告の商品に付された「PEEK」の表示を見た者が当該表示をもって,その内容である物質の名称の略称と理解することは十分あり得ることである(プラスチック業界において,「PET」「PVC」「PES」等の語が樹脂の普通名称の略称であることを知る者であれば,そのように理解することがむしろ自然である。)。現に,ICI社ないし原告の製造又は販売に係る商品を示す場合に「VICTREX」,「ビクトレックス」,「“VICTREX”PEEK」又は「ビクトレックスPEEK」の名称を用いている文献が少なくないのであって,このことからは,むしろ原告の商品を示す名称としては「PEEK」の語では足りず,「VICTREX」又は「ビクトレックス」の語を付することが必要な状況にあったと認められるべきものである。原告の上記主張も採用できない。


 原告は,「VICTREX」は原告のハウスマークであり,ハウスマークと組み合わせて使用されているというだけで,「PEEK」が普通名称であるということはできないと主張する。しかし,「PEEK」の文字が「VICTREX」と組み合わされて使用されていると否とに関わりなく,「PEEK」がポリエーテルエーテルケトンの略称として広く使用されていることは前記のとおりであるから,原告の上記主張は当たらない。


 原告は,審決が「『“VICTREX”PES』及び『“VICTREX”PEEK』の表記中に使用されているクォーテーションマーク『“”』は,登録商標であることを表すために用いられたものと推認し得るものであり,かつ,それに続く『PES』及び『PEEK』の文字部分は,商品の普通名称の略称を表示したものと認められる。」とした点について,ポリエーテルサルホン(PES)とポリエーテルエーテルケトンとは別個の樹脂であることなどから,両者を同列に論ずることはできないと主張する。しかし,「PES」及び「PEEK」の語が樹脂の普通名称の略称としてプラスチック業界において広く用いられていることは前記のとおりであり,そのような状況の下で,「“VICTREX”PES」及び「“VICTREX”PEEK」の表記が使用されていることは,その表記中の「“VICTREX”」の語が原告の商品を示す名称として用いられていることを推認させるに十分なものであるということができるのであって,原告の上記主張も理由がない。


 以上のとおり,「PEEK」は,本件商標の登録査定時(平成10年10月2日)において,プラスチック業界で合成樹脂のひとつである「ポリエーテルエーテルケトン」(polyether ether ketone)の普通名称の略称を表すものとして取引者・需要者の間に広く認識され,かつ,使用されていたものであるから,「PEEK」の欧文字を横書きして成る本件商標は,その指定商品である原料プラスチックの1種類の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみから成るものというべきであって,本件商標が商標法3条1項1号に違反して登録されたものであるとした審決の認定判断に誤りはなく,取消事由1は理由がない。

 ※下線部分は筆者

考察

 本件は,商標審査基準商標法第3条第1項第1号の「2.商品又は役務の普通名称には、原則として、その商品又は役務の略称、俗称等も含まれるとする。」を、具体的に示す裁判例だと思います。


 本件は、原告が「ポリエーテルエーテルケトン」の特許権を有していたことから、原告のみが「ポリエーテルエーテルケトン」を製造販売し、原告のみが「ポリエーテルエーテルケトン」に、商標として本件商標「PEEK」を使用していた状況も考えられ、本件商標「PEEK」に自他商品識別力が発生していてもおかしくないとも思われます。

 しかしながら、裁判所は、本件指定商品を取り扱う業界の取引者需要者の認識を重視し、本件の合成樹脂については,これを構成する単位化合物の名称を連結した本来の合成樹脂名に代えて,単位化合物の英文名称の頭文字を組み合わせた略称を用いることが一般的に行われ,ポリエーテルエーテルケトンに当てはめると「PEEK」となることから,プラスチック業界に何らかの関係を有する者がケトン系樹脂の1種を示す普通名称であるポリエーテルエーテルケトンの語を見た場合には,その略称として最初に想起する語が「PEEK」であるということができると認定しています(裁判所の判断の下線部分参照)。

 このように、裁判所は、本件商標「PEEK」は、自他商品識別力の有無に関係なく、そもそも独占させるべきではない言葉だと判断していると考えられ、また、商標法第3条第1項第1号は、第3号乃至第5号と違い、出所識別力の有無とは関係なく、独占適応性が無い言葉は登録を認めないとした規定であることを強く認識させられます。